初心はスタートじゃない

タイトル

すらすら読める風姿花伝(林望)

 室町時代の能役者で能作者、また理論家、演出家、作曲家としても比類ない存在で、父の観阿弥とともに日本の文化のジャンルに新たな演劇を加えた巨人、世阿弥。その世阿弥が残した芸能論は、人生論としても長く読み継がれている。でも、古典は読むのが難しい。「総ルビつき原文」と著者オリジナルの現代語訳つきで、気軽に古典の魅力に触れられる。

能?世阿弥?古典?と経験することなかれ。人生論として読み継がれているのが分かる。実に分かりやすい指南書で、室町時代も令和も人間というのは大して変わらないと思わされます。新入社員もベテランも、何より新入社員を指導する管理職に読んでもらいたい。社員教育にも役立つ1冊。

お薦め度  

ポイント

・初心とは何か

・成長する人、しない人

・矛盾と調和

初心とは何か

 「初心忘るべからず」。いろいろな場面で目にする言葉、もしかした自身でも口にしているかもしれない。「初心」というからには習い事を始めたころ、仕事を始めたころを指す。僕もそう思っていたし、大抵の人はきっとスタートをイメージするはず。

 ところが、世阿弥は少し違う。ある程度力をつけてきた若盛り、芸の世界では子ども時代でなく24、25歳位を指している。この時期、周囲から評価されて有頂天になっていたら、すぐにその花は失せてしまう。慢心して相応の位よりも上手なのだと思い込んだら最後、それまで持っていた花もすべて消え失せてしまう。

 芸能に限らず、どんな道に進んでも、時代が変わっても通じる「初心」論である。

成長する人、しない人

 芸の位が上の人にも苦手なものはあるし、逆に下の位の人にもどこか一つくらい見どころがある。そして上手の欠点、下手の長所はちゃんと見抜く人はなかなかいかない。上手と言われる役者は慢心して欠点を悟らない。下手な役者はもともと努力工夫しないから下手なのであって、自分の欠点も認識していないし、長所があることも気づかない。

 世阿弥は「上手の者は下手の中に長所を見つけたら学ぶとよい」と勧める。「自分より下手の奴の真似なんかできない」と変なプライドがあると結局成長できない。逆に下手な人は上手な人の欠点に気づいたら「これだけ上手な人でも欠点があるのだから、自分なのどは欠点だらけだ」と反省し、人に尋ねて自分の欠点を見直すべきだという。と実際はなかなかそうはいかない。上手な人の欠点を見つけても「自分はあんな風にはならない」と慢心するのがオチだとも指摘する。自分の長所も知らない者は、短所も当然分からず、それどころか短所を長所とさえ思っているからいつまでたっても上達しない、と手厳しい。

 人間の能力は「この程度だ」と思ってしまったら、そこでおしまい。そういう人は他者から学ぼうとしないし、また他者を認めることがない。劣等感の裏返しか、目下のものに威張ったりさえする。これは、会社あるある。室町時代も令和も変わらないと思わされる。

矛盾と調和

 自己評価は常に実相を裏切る。傲慢な人ほど自分を傲慢と思っていないし、謙虚な人ほど自分を傲慢だと思っている。実際、社内で一番自己中心で、周囲に迷惑をかけている人が、自分では「みんなのために献身的に仕事している」と思い込んでいる。そんな人が身近にいないだろうか。僕にはいる。

 芸能論もそうで、舞台で怒っている人を表現するならただ荒々しく演じるだけでは嘘になる。怒りながら必死に自らをなだめたり、怒っていないふりをするのが人間の実相だという。この矛盾する実相を表現してこそ、演技はリアルになる。室町時代にすでにこの理論を得ているのが世阿弥のすごさ。演技の上手い、下手はこういうところに現れているのだろう。

編集後記

 能には興味がなく、世阿弥も教科書で名前を見たことがあるくらいの知識だったが、以前紹介した「忘れる読書」で落合陽一氏がお薦めの1冊に紹介していたので気になり、手にとってみた。原文は厳しいと思い、簡易な現代語訳ではあるが。 

 この作品は芸能を切り口に論じてはいるものの、現代の人生論、ビジネス論としても通用する。世阿弥はもう600年以上昔の人だけれど、令和の時代に読んでも内容はまったく古びていない。

 新聞記者でも2、3年するとすごく「仕事ができる人」になったと勘違いする人が出てくる。もちろん、仕事を始めた当初はゼロからなので、その時より進歩しているのは間違いない。でも「ある程度」のルーティーンをこなすだけになるともうそこから先は進めない。同じところをぐるぐる回って、歳を重ねるだけ。そういう人は手を抜いているという意識もなく「この程度でいいだろう」と思い込んでしまう。

 先に進む人は常に飢え、乾きを抱いている。成長に貪欲で、これまでの学びを生かしながら、常に新しいことを求める。両者の差は開く一方だが、年功序列の会社では待遇面はそう変わらない。進む人もどんどん飢えを失っていく悪循環がある。

 時代が変わっても人の本質は変わらない。その本質を見抜く目が世阿弥にはあった。と上から目線になってしまったが、本当の天才はこうして本質を見抜ける人なんでしょうね。勉強させていだきました。

 

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