沈黙の艦隊(かわぐちかいじ)
こんな話
日米が共謀して極秘に建造した高性能な原子力潜水艦「シーバット」。しかし、試験航海中に海江田四郎艦長指揮の下、突如反乱逃亡。全世界に向けて独立国「やまと」を宣言し、追撃してきた米艦隊の包囲を突破。同盟締結を求めて、日本に向かう。原潜、核兵器、国家、戦争、平和とは何かを問う。国際社会派マンガ。
原発への攻撃、核戦争は
ウクライナ各地の原子力関連施設が、相次いでロシア軍に襲われました。ジュネーブ条約は、原発への攻撃を明確に禁じています。映画の設定のようなことが現実に起きています。直ちに核戦争の危機というわけではないでしょうが、プーチン大統領がどう動くか予測するのはかなり難しい。大丈夫とも言い切れない状況です。
作品中でも、現実でも核保有国は地球を何度も破壊するような核兵器を抱えながら、にらみ合っています。核が最も効果を発揮するのは威嚇において。作品世界の20世紀末からそう変わっていません。
作中で「やまと」は核ミサイルを搭載している疑惑があります。真偽を確かめるのは難しい。持っていない可能性も高い。けれど、1%でも持っている可能性があればそれが抑止力となる。「やまと」はたった1隻で米海軍を翻弄します。小国でも自国を守れるかもしれない。テロリスト集団が世界を翻弄するかもしれない。核はそんな存在です。
政軍分離
作品で戦争をなくすための段階的な措置として、政治と軍事を切り離し、軍事を超国家組織に集中させようという考えが出てきます。政軍分離です。日本の竹上総理は「やまと」と自衛隊を国連指揮下に置くという案を示します。そのことで、自衛隊は「国際平和を維持するための軍隊ということになり、初めて日本国憲法に定める『国権の発動』たる軍隊の可能性から免れる」とも。「反戦を唱えるなら、まず何より軍縮の可能性を模索しなければならない。世界を防衛することなく1国のみの防衛は不可能。また世界の紛争解決を米国1国に頼るのも危険。真の解決には国家レベルの政治・経済行為からまったく切り離された私心なき軍事力が必要。現世界で唯一その任にあたれるのが国連」と主張し、常設国連軍創設を呼びかけます。
「軍備の永久放棄」を唱える政治家も出てきます。究極の平和対策です。もちろん、自国が軍備を持たず、戦争をしませんと宣言していても、侵攻してくる国はあるでしょう。「その時はおとなしく、手を上げようではありませんか」とその政治家はいいます。個人の考えとしてはいいですが、国としてどうなのか。議論が分かれるところですね。
もう30年ほど前の作品で、世界情勢は変わっていますが、抱えている課題は今もあまり変わっていないように思います。
迫力の総選挙
潜水艦が戦うマンガというイメージですが、「やまと」問題を巡って、日本で様々な議論が起こり、総選挙は大激戦になります。そのシーンが本当に面白い。
作中では与党が二つに分かれます。「やまと」を容認する前衛的な保守と、「やまと」を否定する米国よりの旧来の保守。これに野党、与党からさらに別れた一派閥という構図。投開票までの駆け引き、党首討論、選挙後の組閣。これだけ面白い選挙だったら、投票率もグッと上がるし、取材もやりがいあるのですが。
名言も多数登場しますが、紹介しきれないので、一つだけ。安定はしているけれど、縛られた世界から一歩踏み出したい方へ。「牢獄の庭を歩ける自由より、嵐の海だがどこまで泳げる自由を私なら選ぶ」