青春を知らない方へ|夜のピクニック

処方

夜のピクニック(恩田陸)

効能・注意

・卒業シーズンにぴったりです。

・自分の中にある青春に気づくかも。

・大人はちゃんと青春しておけばよかったと悔いるかもしれません。

こんな話

 高校生活最後を飾るイベント「歩行祭」。それは全校生徒が夜を徹して80㌔を歩き通すという伝統行事。甲田貴子は密かな誓いを胸に抱いて、歩行祭に臨む。3年間、誰もにも言えなかった秘密を清算するために。学校生活の思い出や卒業後の夢を語らいつつ、親友たちと歩きながらも、貴子だけは小さな賭けに胸を焦がしていた。青春小説。

同級生に異母きょうだい

 主人公は貴子と西脇融。周囲から付き合っているのではないかと噂される2人だが、3年生になって同じクラスになったものの一度も口を聞いたことがない。誰よりも強く相手を意識しているからこその噂だが、避けているのはなぜか。

 実は2人は異母きょうだい。ざっくりいうと、貴子は融の父親が浮気した際にできた子どもで、2人の父親は亡くなっている。貴子の母親は離婚しているので、周囲からは別れた夫との子どもと思われている。互いにそのことは知っていて、特に融の方が距離を取っています。貴子の賭けとは融と言葉を交わせるか、どうか。もし、交わせたら…。

 異母きょうだいという設定は恋愛ものによくありますが、恋愛ものではなく、しかも同じ学校の同じクラスというのはなかなかないですよね。同級生に異母きょうだいというのは、まあそういうことですし。

 2人は親友にもこのことを明かしていないため、2人をくっつけようとする人がいたり、関係に気づいて話す機会をつくってあげようとする人がいたりで物語が動いていきます。基本的に歩きながら会話するだけだけれど、人物の内面が変わっていく姿の描き方が秀逸で、読者の心も動かされます。

歩行祭

 作中の歩行祭にはモデルがあるようで、今もこうした行事が全国で残っているそうです。作中の北高には修学旅行がなく、歩行祭がその代わりになっています。

 日常生活は、意外に細々としたスケジュールに区切られて雑念が入らないようになっています。学校や会社が始まり、決まったルーティーンをこなす。車に乗り、降りる。食事する、歯を磨く。慣れてしまえば、深く考えずに反射的にできることが多いですよね。

 ところが、歩行祭は朝から丸一日歩き続ける。思考が一本の川になって自分の中をさらさらと流れていく。修学旅行も一種の非日常ですが、スケジュールは細かく決まっています。やはり、歩行祭は異質なのです。

 劇的なことは何も起きない。「みんなで、夜歩く。ただ、それだけのことがどうしてこんなに特別なんだろう」。登場人物は口をそろえます。こんなの嫌だと思う人もいるでしょうが、僕は学生時代に体験してみたかったです。

青春してみたかった

 コロナ禍で普通の青春は失われてしまったという人は多いかもしれません。そうでなくても、学生時代に青春なんてなかったという大人も大勢います。実際、僕もその1人です。でも作中のセリフにそうでなかったかもと考えさせられました。「雑音だって、お前を作っているんだよ。この雑音が聞こえるのは今だけだから。あとからテープを巻き戻して聞こうと思った時にはもう聞こえない。いつか絶対、あの時聞いておけばよかったと後悔する日が来る」。まっすぐに進むだけでなくていいんだ。もっと、ぐちゃぐちゃしてていいんだ。そう思えば誰にでも青春はきっとあります。

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