タイムスリップするなら何時代?/謎の平安前期

実用書

謎の平安前期(榎村寛之)

平安遷都に始まる200年は激変の時代だった。律令国家は大きな政府から小さな政府へと変わったが、国家は豊かになった。その富はどこへ行ったのか。奈良時代の宮廷を支えた女官たちはどこへ行ったのか。新しく生まれた摂関家とは何か。桓武天皇、在原業平、菅原道真、藤原基経ら個性的なメンバー、斎宮女御、中宮定子、紫式部ら綺羅星の如き女性が織りなすドラマとは? 「この国のかたち」を決めた平安前期の全てが明かされる。

中公新書カバーより
熊野堂
熊野堂

1990年代に「謎本」ブームがありました。「磯野家の謎」「ドラえもんの謎」などの本です。「謎」は人を引き付けます。今回紹介の本をなぜ手にとったのか。明らかに大河ドラマ「光る君へ」の影響ですね。ドラマを楽しんでいる人は、時代背景を知るのに役立ちます。

お薦め度 

ポイント

・平安時代のイメージ

・平安時代のイメージ2

・宮廷の中心にいた女性

・「光る君へ」の世界

平安時代のイメージ

 タイムスリップしたい時代はいつですか?と聞かれたらなんと答えますか? さまざまなアンケートで、人気が高いのが江戸時代、そして平安時代です。江戸時代は時代劇に登場してなじみがありますし、平和で現代にも通じるような文化が生まれていて豊かなイメージがあるからでしょう。平安時代も平和で、貴族たちによる豪華絢爛の時代というイメージが根強そうです。十二単や陰陽師など映画やマンガの題材にもなりやすい要素がそろっています。

 でも、平安時代は実は400年近くあります。今ほど時代の変化が速くないにしても、400年同じような時代が続くとは考えにくいですよね。どうも私たちのイメージする平安時代は後半の200年で、前半が抜け落ちているようです。この本では前半の200年を解説することで、後半の200年が育った理由を解き明かしていきます。

 

平安時代のイメージ2

 平安時代が好きな人は優雅な貴族が華やかな恋愛を繰り広げる清少納言や紫式部など女性が活躍した時代ー。そんなイメージが強いのではないだろうか。一方で、僕なんかは、なよっとした貴族がやらなくてもいい儀式に追われ、恋愛や和歌に夢中で、政治をおろそかにし、やがて没落していく。そんなネガティブなイメージも持っています。実際はどうだったのでしょうか。

 大きな内乱が少ない時代。農民兵を動員して大兵力を動かす制度がなくなり、地方貴族の子弟のみが公認の武力となり、宮廷の一部を除いて、実戦的な兵士がリストラされたそうです。地方警察・治安維持を私兵に民間委託した形で、国家としての直接的な武力は失われていきます。他にも私有地開発の公認で経済再生を図るなど、やっていることは違えど、考え方は現代にも通じるような要素が多いような気がします。

 多くの貴族は娘を後宮に入れ、華美な生活のために多額の資産をつぎ込んでいました。貴族は国家から給料を得るだけでなく、逆に王権のスポンサーにもなっていたわけです。貴族が潤えば、王家も潤う。けれど、大半の貴族は決して高給取りではなかったよう。その中で別格だったのか受領、地方の国守でした。地域の「王様」として財産を得ることを黙認されていたのだとか。その財産を大貴族に投資して新たな地位を得たり、大寺院に寄進して極楽往生を願ったり。何だか、現代の日本と大して変わらないような…。

宮廷の中心にいた女性

 宮廷の女性といえば、男性を性的に支えると思われがちです。後宮勤めとか、大奥とかのイメージですね。でも、奈良時代は違ったようです。重要な役職に女性がいます。奈良時代には女帝も多かったのですが、その場合でも支えるのは女性。

 僕が平安時代に興味を持ったのは大河ドラマ「光る君へ」の影響が大きいですが、もう一つ「斎宮」があります。伊勢神宮に仕える斎王のいた宮殿です。僕は斎宮の近くに住んでいたことがあって、資料館も訪れたことがあります。斎王は神の妻だと言われますが、伊勢神宮の神は女神の天照大神です。

 崇高なる者と一般人の仲介者として女性が必要であるという社会的認識に基づいてた制度で、女官は性差によるものでなく、ジェンダーによって成立していたと本書では紹介しています。

「光る君へ」の世界

 平安時代には、国家を支えていた女官の役割が見えなくなり、名前すら伝わらなくなります。「女官=使用人身分の妃」が並立し、天皇の寵愛を競う時代になりました。源氏物語の時代にはそれもなくなり、摂関家が妃候補を独占します。 かつて宮廷で政治を動かしたような能力の高い女性は藤原定子や彰子が「サロン」に抱え込みます。王朝時代の女性文学が華やかに発展したのは、女性が活躍する場が増えたからではなく、宮中で能力のある女性が活躍する場が少なくなり、「サロン」に集約されて活動することになったため、本書では指摘しています。

 でもそうした文化は、高級貴族の一部。一般の生活は決して華やかではなかったはずです。「光る君へ」の見どころは多いですが、僕が注目しているのは貴族以外の庶民の暮らしも丁寧に描いている点です。優雅な文化が時代の全てではない。見落とされがちですが、現代にこそ大事な視点ではないでしょうか。

 よく考えれば当たり前なのに、衝撃的だったのは清少納言の呼び方。日本語的に収まりが良い「清少・納言」と発音していましたが、本来は「清・少納言」。少納言は地位の名前だから、そうりゃそうですよね。でも、テレビで初めて聞いた時は「そうか、そこで区切るのか」とそこが気になってしまいましたね。

編集後記

 何時代に行ってみたいか。歴史を研究するという視点ならあらゆる時代が興味深いですが、暮らすとなると現代に近い時代の方がいいのかなと思ってしまいます。戦国時代や幕末を挙げる人は、よっぽど生き抜く自信があるんですね。昭和という回答も多いようですが、それも「オールウェイズ」の時代が美化されすぎのような気がします。

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