何を考えているか分からない、が面白い/わかりやすさの罪

実用書

わかりやすさの罪(武田砂鉄)

「すぐわかる」に頼るメディア、「即身につく」と謳うビジネス書、「4回泣ける映画」で4回泣く観客…。「どっち?」と問われ、「どっちでもねーよ!」と言いたくなる日々。納得と共感に溺れる社会で、与えられた選択肢を疑うための一冊。

朝日文庫カバーより
熊野堂
熊野堂

これを読んでどんな感想を持つか、非常に興味が湧きます。僕はそうそうと思いつつも、耳が痛いところも多々ありました。考えること、想像することが好きな人にお薦め。それ以外の人はたぶん、全然面白くないと思います。

お薦め度 

ポイント

・池上無双

・浅い読み

・見切り発車

・本当の偶然

池上無双

 「わかやりやすさ」の代表者が池上彰さんです。数々のメディアに登場し、書籍も多数。「一体いつ勉強しているのだろう」と思うほど、幅広いジャンルを網羅し、分かりやすく説明してくれます。このブログでもたびたび、登場しています。僕も重宝している一人です。でも、一方でそれで「全部わかった」とは思っていません。そのジャンルについて知るきっかけをつかむ、入り口を教えてくれるのが池上さんではないかと思っています。

 世の中での出来事や思考は常にいびつな形をしていて、そのいびつさに必死に食らいついていくのが、世の中を説明することだと考えると、そこではわかりやすさは通用しません。それに、わかりやすい解説ばかりしていると、自分はどう思うんだと、と考えることができなくなります。池上さんも実は自分の意見をそんなに言っているわけではないですよね。「〇〇という意見も出ています」といった言い方をしています。

 私としては、わからないことこそが思考が始まりで、わかりあおうとする対話が生まれる。それが失われているのがわかりやすさの罪なのかなと、わかりやすく解釈しています。

浅い読み

 分かりやすさを勘違いしていると、思考が停止するのかもしれません。本書で紹介されていたエピソードが衝撃的でした。みなさんは、カンヌを受賞した映画「万引き家族」を観ていますか。その中で、駄菓子屋での万引きシーンがあります。幼い男の子がサポートして、女の子に万引きをさせます。男の子はこの店の万引きの常連なんです。女の子に初めての万引きをさせ、店を出ようとしたところで、駄菓子屋の主人が男の子を呼び止め、ゼリーを2本渡し、「妹にはさせんなよ」と言います。万引きにはずっと気づいたけれど、怒鳴りつけるでもなく、静かに優しく諭す名シーン…のはず。ところが、映画館では笑いが起きたのだとか。万引きがばれていたことへの笑いのようですが、みなさんはここで笑えますか?まだ観ていない人はぜひ一度ご覧になって感想をください。

 本を読んでも、文字を見ているだけと、読み込んでいるのとでは全然違います。浅く読むか、深く読むか。本だけではなく、世の中をただ見ているだけの人と、読み込んでいる人。浅く読むことさえしない。読まなくても過ごせてしまう。わかりやすさの罪はこの辺にありそうです。

 

見切り発車

 見切り発車が好き、というか、何も決まっていないけれど、面白そうだぞと思ったのでとにかく動いてみる体質なのですが、言葉の意味を少し間違えていたようです。本書でも全く同じことが書かれていました。辞書によると「議論などが十分尽くされていない段階で、決定を下し、実行に移すこと」とあるそうです。

 ここからは本書の話と少しずれますが、何も決まっていないけれど、動き出すという「やや誤用」の方の「見切り発車」って大事だと思いませんか? 大抵の人は完璧になるまで準備しようとして、いつまでも発車できていません。IT企業なんかはプロトタイプをどんどん出して、問題があれば改良を繰り返す。発車しながら完成させていきますよね。あの感じは参考になる部分も多いのかなと。

本当の偶然

 本屋さんが好きです。本が好きだから当然といえば当然ですが、ネットでも買えるけれど、本屋さんが好きなのは、本当の偶然があるからかもしれません。偶然と言っていいのか、世の中は必然の組み合わせに満ちていると思っています。一方で自分でコントロールできることはほんのわずかで、個人では偶然と感じることの方が多いのも事実なので、ここのでは偶然と表現します。

 書店には書店員さんの意図でさまざまな本が並んでいます。例えば、小説を作者の五十音順で並べるのは書店側の意図ですが、好きな作家の隣に知らない作家の面白そうな作品を発見するのは書店員さんの意図を超えた「私」の単なる偶然、本当の偶然ですよね。ネット検索は便利ですが、自分の知っている範囲からそう逸脱するものではありません。検索未満のうっすらした記憶や興味までは引き出せないでしょう。

 書店を巡るとそれが実現します。いや、するかもしれません。新聞も同様です。興味のある記事も、今までまったく縁のなかった記事も目に入る。本当の偶然にいくつ出会えるかで、生き方はきっと変わります。

編集後記

 この本を読む人は、たぶん面倒臭い人です。いろいろな意味で。別にそんなこと考えなくても生きていけるけれど、この本を読む人は考えないと生きていけない。その面倒臭さが大事だという話ですが、全員がそうでなくてもいいとも思います。そんなことを論じる事態が面倒くさいし、わかりにくいのでしょうが。

 

 

 

 

 

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