夜明けのすべて(2024年、日本)
月に1度、PMS(月経前症候群)でイライラが抑えられなくなる藤沢さんはある日、同僚・山添君のとある小さな行動がきっかけで怒りを爆発させてしまう。だが、転職してきたばかりだというのにやる気のなさそうに見える山添君もまたパニック障害を抱えていて、さまざまなことをあきらめ生きがいも気力も失っていたのだった。
職場の人たちの理解に支えられながら、友達でも恋人でもないけれど、どこか同志のような特別な気持ちが芽生えていく2人。いつか、自分の症状は改善されなくても、相手を助けることはできるのではないかと思うようになる。
瀬尾まいこの小説が原作。原作未読のまま、映画を鑑賞しました。本屋大賞受賞後、第1作。なるほど、本屋大賞好みの、辛いこともあるけれど、ほんの少し勇気、優しさをもらえる物語(あくまで映画版ですが)。誰だって苦しみを抱えているはず。ほんの少し、生きるのが楽になるかもと思える良作です。
お薦め度
誰だって闇は訪れる
自分は辛いことなんて何一つない。毎日がハッピーだー。そんな人も世の中にはいるのかもしれないが、少なくとも僕は違います。苦しい時期を何度も経験して、今だって無条件にハッピーではありません。作中の病はPMSとパニック障害。これは外からは見えません。僕の抱えている病は外からも見えますが、本質は見えない。何が辛いか、少なくとも説明しないと分かってもらえないでしょう。
でも、そんなことは多かれ少なかれ、誰だって抱えている。だからあえて、説明しようとも思わない。でも、「こんな人でものうのうと生きて行けるなら世間はちょろい」。そんな風にひがんだ目で世の中を見てしまうこともある。
この映画の世界は辛いこともあるが、とにかく職場の人がみんな優しい。なんやかんやと世話を焼くというわけでもないけれど、余計な詮索をせず、でも必要な助けだけはする。今は言葉だけが先行している多様性社会の目指す形の一つは、この会社のような場所かもしれません。
助け合えることはある
自分の体、自分の心なのに思い通りにコントロールできないことはあります。そして、世の中は自分ではどうしようもできないことにあふれています。でも、他の人にならどうでしょう? 「自分の体はどうにもならないけれど、あなたを助けられることはある」。それが、山添君が到達した一つの真理。もし、これをみんなが実践できたら。世の中はもっと生きやすくなりますよね。確実に。なぜこんな簡単なことができないかと思ってしまいます。
病を抱えた2人が助け合うシーンがどれも秀逸でした。山添君はパニック障害の影響で、美容室に行くことはできないようです。藤沢さんが部屋に押し掛けて、散髪してあげるシーンは思わず噴き出してしまう笑いとともに、心にじわりと染みる笑みが両方訪れました。
朝も夜も
「夜明け前が一番暗い」。英国のことわざで、苦しい時期は、それが終わる寸前が一番苦しい。でも、それを乗り越えれば日が昇るように状況はよくなる。この物語の根幹にもなる部分です。でも、それだけではありません。この物語は、プラネタリウム、宇宙の話を通じ、夜の意味も訴えます。
世界は朝か夜か、光か闇かではない、と思うのです。どちらかを選ぶのではない。どちらかに分けられるのではない。どっちも必要なんです。朝も夜も、光も闇も、晴れの日も雨の日も。夜を知っているから、朝のすばらしさを知れる。闇を知っているから、人に優しくなれる。晴れと雨があるから作物も育つ。
明けない夜がない、なんて僕に断言はできません。でも、夜の闇にいる人に明かりを差し出すことはきっとできる。闇の深さは変わる。この物語の指す夜明けはその瞬間な気がします。
本屋大賞の流れ
今年も本屋大賞が発表されました。ノミネート作品は1作も読めていません。そんなばかな。最近は新しい本を読めていなかったと反省しています。
「夜明けのすべて」は、最近の本屋大賞好みの作品です。ちょっと優しい気持ちになれる系の物語。原作の瀬尾まいこは、2019年の本屋大賞「そして、バトンは渡された」の作者です。本屋大賞受賞作が好きな人は、きっとこの映画(原作)も気にいるはず。瀬尾まいこは「あと少し、もう少し」も名作です。
今回のノミネート作で気になっているのは「黄色い家」(川上未映子)、「水車小屋のネネ」(津村記久子)、そして大賞受賞作の「成瀬は天下を取りにくいく」(宮島未奈)。これらも読んでおかないと流れに取り残されてしまいますね。
編集後記
地方の暮らしは決して悪くはないのですが、映画には不便します。大型の作品でも、子ども向けのアニメでもない作品はなかなか観られません。今回も高速道路を使って1時間半ほどの映画館では短期間上映していたのですが、行けない間に終了。配信を待とうかなと思っていました。そんな時、国道で1時間ほど離れた町で2週間だけの上映が決まり、慌てて行ってきました。映画を観る人が少ないから上映しないし、上映しないから映画館に行かない。この悪循環、ななかな断ち切る術がありません。