「スキップとローファー」(高松美咲)
「夜のピクニック」(恩田陸)
「幕が上がる」(平田オリザ)
新学期スタートの特別編。青春に浸れる作品を三つ選びました。今青春真っただ中の人も、かつて青春時代を過ごした人も、いくつになっても青春を感じている人も。あらゆる世代にお薦めの青春ものです。ちなみに、僕は学生時代にこんな素敵な青春は過ごしていませんが、今遅れてきた青春(?)を楽しんでいます。
スキップとローファー
お薦め度 友達ができるか悩んでいる人に効きます
過疎地から東京の高偏差値高校に主席入学した美津未。本人も気づかぬうちにみんなをほぐす彼女は天然のインフルエンサー。
岩倉美津未、今日から東京の高校生!
アフターヌーン公式サイトより
入学を機に地方から上京した彼女は、勉強こそできるものの、過疎地育ちゆえに同世代コミュ経験がとぼしい。そのうえちょっと天然で、慣れない都会の高校はなかなかムズカシイ!
だけど、そんな「みつみちゃん」のまっすぐでまっしろな存在感が、本人も気づかないうちにクラスメイトたちをハッピーにしていくのです!
今どき、リアルな青春
今どきの若者ではないのに、今どきと断言するのは気が引けますが、とにかく今どきのリアルな青春が描かれています。まずヒロインが美少女ではない。少年マンガではあり得ない設定です。悪口ではなく、ほめているんですよ。美少女のキラキラした話ではないのが、共感を呼びます。こうした青春ものは舞台が明かされていなくてもなんとなく東京でした。この作品の舞台は東京ですが、ヒロインは石川県出身。勉強はできるけれど、距離感はちょっとずれていてる。完全無欠にはほど遠い、でもだからこそ身近に感じられます。
ヒロインだけではありません。クラスメイトもみんな隣にいる人です。個性的ですが典型的なパターンに収まっています。これも批判ではありません。このバランス感覚が絶妙なんです。ミカはおしゃれに敏感で、いわゆる女子力が高いタイプ。そして計算高い。でも、決して性格は悪くない。一番クラスにいそうなタイプ。美津未と接することで、生き方が柔らかくなる。恐らく女子受けのいい人気キャラクターでしょう。久留米誠は人見知りで考えすぎてしまうタイプ。これもまた、クラスに必ずいます。読書好きにはこんな人が多い。友達づくりが苦手だったが、やがて人間関係が広がっていきます。すぐ隣にいる同級生が凝縮されている。キャラクターの中でも、超然としてつかみどころがない、マンガ的な志摩君でさえ、自分の中に悩みを抱え、それは決して他人ごとではありません。このキャラクターたちに出会うだけでも、見る価値があります。
あなたはどんなタイプでしょう。僕は調整型というか、それぞれ個性を発揮する友人をつないで、まとめる役、暴走を止める役回りが多かった気がします。根っからの脇役ですね。三つ子の魂百まで、ではないですがこの辺は今も変わらないような。
こんな高校生活あったという人も、こんな生活に憧れたという人も共感する部分が多いはず。特に躓いたり、衝突しそうになったりする描写は物語がすっかり自分ごとになります。逆に共感しすぎて辛い人もいるかもしれません。
夜のピクニック
お薦め度 悩みを抱える人に効きます。
高校生活最後を飾るイベント「歩行祭」。それは全校生徒が夜を徹して80㌔を歩き通すという伝統行事。甲田貴子は密かな誓いを胸に抱いて、歩行祭に臨む。3年間、誰もにも言えなかった秘密を清算するために。学校生活の思い出や卒業後の夢を語らいつつ、親友たちと歩きながらも、貴子だけは小さな賭けに胸を焦がしていた。青春小説。
新潮文庫カバーより
ただ歩くだけが特別なわけ
作中の歩行祭にはモデルがあるようで、今もこうした行事が全国で残っているそうです。作中の北高には修学旅行がなく、歩行祭がその代わりになっています。
日常生活は、意外に細々としたスケジュールに区切られて、雑念が入らないようになっています。学校や会社が始まり、決まったルーティーンをこなす。車に乗り、降りる。食事する、歯を磨く。慣れてしまえば、深く考えずに反射的にできることが多いですよね。
ところが、歩行祭は朝から丸一日歩き続ける。思考が一本の川になって自分の中をさらさらと流れていく。修学旅行も一種の非日常ですが、スケジュールは細かく決まっています。やはり、歩行祭は異質なのです。
劇的なことは何も起きない。「みんなで、夜歩く。ただ、それだけのことがどうしてこんなに特別なんだろう」。登場人物は口をそろえます。こんなの嫌だと思う人もいるでしょうが、僕は学生時代に体験してみたかったです。
僕はほぼ毎日、夜ではなく朝、しかもわずか20分程度ですが、歩いています。軽い運動で体を温めるため、そして思考を整理するためです。結構、効果ありますよ。
学生時代に青春なんてなかったという大人は大勢います。僕もその1人です。でも作中のセリフにそうでなかったかもと考えさせられました。「雑音だって、お前を作っているんだよ。この雑音が聞こえるのは今だけだから。あとからテープを巻き戻して聞こうと思った時にはもう聞こえない。いつか絶対、あの時聞いておけばよかったと後悔する日が来る」。まっすぐに進むだけでなくていいんだ。もっと、ぐちゃぐちゃしてていいんだ。そう思えば誰にでも青春はきっとあります。
幕が上がる
お薦め度 何かに打ち込んでいる人、あきらめてしまった人にも効きます。
地方の高校演劇部を指導することになった新人教師が、部員たちに全国大会を意識させる。高い目標を得た部員たちは恋や勉強よりも演劇一筋の日々に。演劇の強豪校からの転入生に戸惑い、一つのセリフに葛藤する役者と演出家。彼女たちが到達した最終幕はどんな色模様になるのか。映画化もされた青春小説。
講談社文庫カバーより
生きるためのリスクとリターン
高校演劇部の大会は年に1回。秋の大会で負ければ即終了です。ずっと準備してきて、1時間だけお芝居して、おじいちゃん審査員の意味不明の講評を聞いて、結果発表。運動部の大会もトーナメント戦は一発勝負ではありますが、例えば野球部なら夏の甲子園と秋の大会、秋の大会で成績がよければ春の選抜大会があります。演劇部はさらに特殊で、秋の大会を勝ち上がったとしても、全国大会は翌年の夏。3年生は引退していて、出られません。だから、高校によっては予選時と全く違うメンバーで、おそらくだいぶアレンジされた演劇で全国を戦うことになります。
社会のいろんな場面に登場するリスクとリターン。演劇の世界にもあるようです。物語中に「演技が保守的になっている」と指摘を受ける場面があります。失敗恐れて、少し間をとってしまうところがあったのです。チームスポーツと似ていて、演劇も相手役が受け取ってくれることを信じて、一番厳しいところにパスを出すことが必要。安全地帯でパスを回していたのでは、高い得点は望めない。でも、失敗すると相手のチームにボールを取られ、失点に結びつく。
スポーツも演劇も、仕事も同じですね。仕事でも失敗を恐れて、安全地帯いると何も得られない。新聞記者なんかはまさにそう。常に新しい出会いがないとニュースは得られないし、ニュース感覚も身につかない。去年やったことを繰り返す、なじみの人の間だけをぐるぐる回る。それで給料がもらえるなら楽と割り切れば、個人としては平穏かもしれないけれど、流行りの「静かな退職」ですね。
今の若者はリスクを冒さないというか、リスクヘッジが上手いですよね。おじさんの中にも本当に保守的で、ただただ流れに乗りたいだけという人が多い。歳をとってもこんな大人になりたくないと思いながら、50歳目前ですが、まだまだ青春気分で行きたいと思います。
編集後記
今回は過去に紹介した作品のまとめです。青春と口にするのは恥ずかしいですが、誰だってその道を通るはず。青春ものはどの年代も楽しめる作品が多いです。僕も高校を卒業して30年以上になりますが、いまだに作品世界に入り込めました。大人の視点で読む楽しさも加わります。いずれも映像化されているので、原作と映像化作品両方を楽しんでみてください