AIに相談したいことありますか/本心

小説

本心(平野啓一郎)

 母を作ってほしいんですーAIで、急逝した最愛の母を蘇らせた朔也。孤独で純粋な青年は、幸福の最中で<自由死>を願った母の「本心」を探ろうと、AIの<母>との対話を重ね、やがて思いがけない事実に直面する。格差が拡大し、メタバースが日常化した2040年代の日本を舞台に、愛と幸福、命の意味を問いかける傑作長編。

文春文庫カバーより

昨年、流行語大賞のトップ10にランクインした「生成AI」。中でも代表的なチャットGPTの利用で日本人は世界トップクラス。AIに相談する人が多いのだそうです。AIにだからこそ打ち明けられる本音。AIだからこその客観的な回答。今の時代に迫った作品です。

お薦め度 

ポイント

・AIとの対話

・リアルアバター

・死の一瞬前

・あっちの世界、こっちの世界

AIとの対話

 先日、友人の母が亡くなりました。友人から憔悴しきった声で電話があり、通夜に出席しました。彼も母親と二人暮らしでした。小説の世界とは全く設定は異なります。母親はもう90歳近く、友人にはきょうだいもいる。だけど、母親への愛情は小説以上かもしれない。こんなに「お母さん大好き」という大人はあまり見ない気がします。通夜のあいさつも泣きながら、でも思いを必死に表現していました。

 もし、現実にAIでかつての母を再現できるなら、友人なら預金をつぎ込んでも作ってもらうのではないか。そして、そんな人は結構大勢いるのではないか。事故や災害などで突然死した場合はなおさら。そんなことを思いました。

 チャットGPTを利用したことのない僕には分からないことも多いですが、利用者はAIを人だと思ってるわけではなさそうです。でも、作品のように自分の身近な人物を再現した場合は、AIだと分かっていても、やはり本人を投影してしまうでしょう。情報を入力すればするほど、本人の思考に似た会話ができるようになります。これは誰かの救いになるのか。

 主人公の母親、作者は僕と同世代。2040年の未来はこんな風になっているのか。未来、そして今を生きる人への問いかけに満ちた作品です。

リアルアバター

 主人公の職業はリアルアバター。依頼主の代わりに買い物したり、病院にお見舞いに行ったり、思い出の地を訪ねたり。ゴーグルを通じて、依頼者がリアルアバターの視線を得られ、動きにも指示を出せます。これはもう一歩手前まで技術が来ているし、職業にもリアルさを感じます。

 いや、すでにリアルアバターは現代にも存在しています。さまざまな代行サービスは、なかばリアルアバターです。直接対話しないSNSなどもリアルアバターに少し似ています。仮想空間内でアバター同士がお見合い、合コンして結婚する。そんな事例も出ています。

 何かを仲介して対話する。これは新しくもあり、昔からある仕組みなのかもしれません。大河ドラマ「光る君へ」で主人公の(後の)紫式部は、恋を取り持つ手紙の代筆業をしていました。これもリアルアバターの一種。となるともう千年以上前からの伝統職業ですね。

死の一瞬前

 生きる誰にでも死は訪れるけれど、いつ訪れるかは基本的には分かりません。でも、分かっていればできることがあるのでは。作品では「自由死」が認められています。条件はいろいろあるようですが、自分で死を選ぶことができるのです。突然死んでしまっては、夫や妻、子ども、親、友人などに最後に伝えたいことがあってもなかなか都合よく伝えられません。いつかが決まっていれば、死の一瞬前にそばにいてもらうこともできます。

 自由死には作品中にも肯定、反対の意見が当然あるのですが、みなさんならどうでしょうか。「あり」なのではないかと思う部分があります。「生きるのがる辛いから」では辛すぎます。その辛い状況を変えることにこそ、力になりたい。でも「十分生きた」と思えたなら、その選択ができることで生がより充実することはあるのかなと。

 死の一瞬前に一緒にいたい人は誰か、何を伝えたいか。今は全然思い浮かびません。死ぬまでにやりたいリストを作って、その遂行に必死になっているかもしれません。やりきれなかったら、死の期限を延長する。結局、僕ならそうやって、生き続けていくのかもしれませんが。

あっちの世界、こっちの世界

 現代も、未来を舞台にした小説の世界にも、格差があります。主人公は苦しい経済状況にあり、裕福な「あっちの世界」と自分のいる「こっちの世界」に線を引いています。生きることにも、死ぬことにも格差はあるでしょうか。「十分生きた」と思えるのは「あっちの世界」だけでしょうか。そんなことはないですよね。作中で自由死を望んだ母親は「こっちの世界」の住人。でも「疲れたからもういい」と思って自由死を望んだわけではありません。「あっちの世界」にいても、ネガティブな自由死を選ぶ人はきっと出てくるでしょう。

 「あっちの世界」にいるはずの作者が「こっちの世界」の視点で描いた世界は、ともすると「こっちの世界」を思いやる私って素敵というトーンになりがちですが、この作品は「こっちの世界」の視点が徹底されています。「こっちの世界」でもがく人々の姿もリアルです。「こっちの世界」と「あっちの世界」で対話ができる。どっちの世界の住民にもお薦めです。

編集後記

 今を捉えた上で、テーマに普遍性がある。「私」の話と「社会」の話が同時に成立する。いい小説の条件がそろった小説です。深いテーマを謎解きのエンタメのように追っていけるのもいい。2024年映画化決定とのことですが、さまざまな対話がどんなふうに表現されるのか楽しみです。

 

 

  

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