憂鬱を吹き飛ばせますか?/檸檬

小説

檸檬(梶井基次郎)

 私は体調の悪い時に美しいものを見る贅沢をしたくなる。しかし最近は馴染みの丸善へ行くのも気が重い。ある日、檸檬を買った私はその香りや色に刺激され丸善の棚に檸檬を一つ置いてくる。現実に傷つき、病魔と闘いながら繊細な感受性を表した表題作のほか「城のある町にて」「雪後」など。

角川文吾カバーより

恐らく教科書に載っていた檸檬。久しぶりに読んだらどんな印象だろうと手にとってみました。そして「城のある町にて」に登場する「城のある町」とは僕が青春時代を過ごした松阪市。短編集はスケールはちょっと小さいけれど、繊細さん全開です。レモンほどの刺激はないですが、ちょっぴり苦味も感じてみたい人にお薦め。

お薦め度 

ポイント

・レモン

・憂鬱

・反転

・小さなテロ

レモン

 レモンにどんなイメージを持っていますか?さわやか、酸っぱい、黄色が鮮やか、ポジティブなイメージが多いのではないでしょうか。テレビジョンという雑誌の表紙はタレントがレモンを持ってましたよね。現代美術家の廣瀬智央さんの代表作の一つに「レモンプロジェクト」があります。約3万個のレモンを用いて嗅覚を刺激し、全身で感じる作品です。廣瀬さんにお会いしたことがあり、作品も鑑賞したこともあります。やはり、視覚だけでなく、嗅覚や触覚を刺激する要素が満載。その時はレモンでなく、ミカンでした。レモンやミカン、かんきつ類には何か力があるようです。

憂鬱

 さて、小説の檸檬では主人公は憂鬱を抱えています。具体的な事情は説明されていませんが、どうも体調が悪いよう。誰にだってそんな日はあります。そんな時、あなたはどうしていますか。僕は今でこそ仕事に追われ、仕事での憂鬱も仕事で解消するような日々です。ですが、ほとんどの期間を憂鬱に過ごしていた学生時代は、好きな音楽や文学に触れることが、現実逃避していただけかもしれませんが、憂鬱に効くクスリになっていました。だからこの時期に触れた作品には救われているし、今も影響を受け続けているものが多いですね。音楽ならTMネットワークや鈴木祥子、ボニーピンクなど。

 檸檬の主人公にとって特効薬となるのが「レモン」です。レモンを見つけ、手に取ると気分が変わる。気持ちが前向きになります。確かにレモンにはそんな作用があるのかもしれません。その試みは途中まではうまくいくのですが、再び憂鬱が襲ってくる。主人公は繊細全開ですが、これもほとんどの人、本を読むような人なら誰だって経験することではないでしょうか。

反転

 作者の意図ではないと思いますが、レモンには最初に挙げたイメージと別の顔もあります。英語圏の人には果実としてのレモン以外に、「役立たず」「欠陥品」「愚か者」といった悪い意味があるそうです。「レモン市場」とは「不良品ばかり出回る市場」を指すそうです。日本でだって「苦い」ことから、苦い思い出などと重ねる場合もありますよね。レモンのもう一つの顔のせいか、憂鬱からの特効薬の効き目が薄れます。ここから物語が変化します。常に物語のスイッチになるレモン。タイトルに偽りなしです。

 普段がっつ食べることはありませんが、決して縁遠い存在でもないレモン。梶井は明治生まれの人で、1932(昭和7)年に31歳で亡くなっています。当時、レモンがどれだけ一般的だったのか分かりませんが、今より特別感はあったのかもしれません。今も国産のレモンは貴重で、人気が高いです。知人がレモン栽培をしていますが、事業の新しい柱に考えているようです。

小さなテロ

 主人公は最後にちょっとしたいたずらをしかけ、憂鬱を追い払おうとします。レモンを使った小さな小さな、たいして迷惑にもならないテロ。大人がこんなことやるかなと思いつつ、もしかしたらもっと小さなテロを知らない間に行っているのかもしれません。本屋さんで、好きな作家の本を(自分だけが熱烈なファンでいたいから)他の人に買われないように他の本の下に隠したという人もいましたが、これも小さなテロ行為ですね。好きな作家の応援にもなっていませんが。

編集後記

 正直なところ、すごく面白い作品というわけではありません。でも角川文庫の「檸檬」のカバーは小さなギザギザがあって、手触りが他の本と違います。これも慣習に抗う小さなテロ?視覚だけでなく、触覚でも楽しめる檸檬の世界。こんな工夫は大歓迎です。

 

 

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