他人との境界をどう引きますか

小説

サキの忘れ物(津村記久子)

自分には何にも夢中になれるものがないーー。高校をやめて病院併設の喫茶店でアルバイト中の千春は、常連の女性が置き忘れた本を手にする。「サキ」という外国人の男性が書いた短編集。これまで一度も本を読み通したことがない千春だったが、その日からゆっくりと人生が動き始める。深く心に染み入る表題作から、謎めいた旅行案内、読者が主役のゲームブックまで、かがやきに満ちた全9篇。

新潮文庫カバーより

歳の近い芥川賞作家で、川端康成文学賞や紫式部文学賞など受賞多数の作家。読みやすい短編で、物語が大きく動かなくても、心は動く。日常で疲れた時に共鳴してくれたり、ちょっと頑張ろうと思える作品が多い。これを読めばサキ(実在の作家です)の作品も読みたくなるかも。

お薦め度 

自分のない人

 表題作「サキの忘れ物」の主人公、千春はとにかく自分がない。人生の判断が流されて決まっていく。本を一度も読みとおしたことがないという時点で信じられない生き方だ。でも、こんな人が何も考えていないわけでもない。考え方、発信の仕方が分からないだけだ。1冊の本、ちょっと意味が分からなかったりはするけど、苦労しながら読み通し、感想を話しするだけで、人生がほんの少し変わり始める。多くの人をイラっとさせる主人公だが、本に夢中になり始める過程は、うんうんと頷きながら読めるのではないか。

 他人とも家族とも距離を取る。近づきすぎない。高校時代の友達?との縁はぎりぎりでつなぐ。でも、高校を辞めるきっかけもこの友達と距離を取るため。高校辞めるまではいかなくても、学校や会社の悩みの多くはこの派生形ではないだろうか。

周波数を合わせる

 表現方法がよいのが、「喫茶店の周波数」。隣の席の人の会話はラジオみたいだ、と思う。冒頭の文章に思わず頷く。基本的に知らない人、じっくり会話を聞くわけではない。でも、知らない間についつい聞き入ってしまうこともある。大抵はくだらない話だけど、時に突っ込みを入れたくなったり、理不尽な話に怒ったり。確かにラジオみたいだ。

 喫茶店やカフェ、バーならこうした「ラジオ」は成立するが、居酒屋だと難しいかもしれない。喫茶店でも大声でしゃべっている人がいると、それは騒音になり、周波数を合わせられなくなる。作家の中にはこうした場所で原稿を書いて、情報を集めているという人もいる。

 私は喫茶店で仕事をすることはほとんどない。でも、取材先まで少し遠くてもなるべく歩く。電話で済む要件でもなるべく足を運ぶ。これもまちの出来事に周波数を合わせるためである。そこにニュースの端緒がある。

 と言いつつ、ラジオ自体はほとんど聞くことがない。車では音楽を聴いているし、自宅でもネットかテレビだ。また、人付き合いでいえば、他人に周波数を合わせるということもあまりしない。周波数が合う人には入れ込むが、会わない人に無理に合わせようとはしない。

境界を飛び越える

 国は国境をつくる。地球には存在していないのに、地図上に線を引いて、分ける。人間同士もそうだ。クラス、会社、暮らし、障害の有無などさまざまな場所に境界がある。この短編集は境界を扱っている作品がいくつかある。「サキの忘れ物」「喫茶店の周波数」も境界を扱った物語といえる。

 その中で、「隣のビル」は会社のビルから、隣のビルに飛び移るという違法行為スレスレ、というか違法行為をやってのけるが、境界を飛び越える物語である。勝手に引かれた境界を飛び越えた時、何が見えるか。「サキの忘れ物」もそうした視点で見れば、境界を飛び越える物語になる。

 外国人と仲良くできるか、そりの合わないクラスメイトや社内の人間に歩み寄れるか、転職できるか。人生のさまざまな境界を飛び越える人と飛び越えない人がいる。私はたまに飛び越えるが、そういえば最近は飛び越えられていないのかな。本を読み終えてそんなことを感じた。

編集後記

 ハラハラドキドキはない。「隣のビル」「真夜中をさまようゲームブック」は少しドキドキがあるかもしれないが。とにかく、派手さはない。最初はちょっと退屈な話だなと正直思ったが、読み終えてみると後味が少し残る。もっと感動したり、人生を変えるような本はいくらでもあって、そうした本に比べると物足りないという意見は変わらない。満腹にはならないけど、いい後味でまた食べたい。そんな逸品だった。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA