「光の君へ」が始まる前に

小説

烏に単は似合わない/烏は主を選ばない(阿部智里)

人間の代わりに「八咫烏」の一族が住まう世界「山内」で、優秀な兄宮が廃嫡され、日嗣の御子の座についた若宮。世継ぎの后選びには大貴族の勢力争いが絡み、朝廷は一触即発の異常事態に陥る。そんな状況下で、若宮に仕えることになった少年・雪哉は、御身を狙う陰謀に孤立無援の宮廷で巻き込まれていく。

烏h主を選ばない文庫カバーより

ファンタジーとミステリー、歴史が好きな人にお薦め。どんでん返しが心地よい。最年少・松本清張賞受賞作。歴代の受賞作家は横山秀夫や山本兼一らミステリー、歴史の本格派。これが松本清張賞かという驚きも、どんでん返し級。

お薦め度 

ポイント

・対の物語

・ファンタジー×ミステリー×平安絵巻

・人を思う気持ち

対の物語

 「烏に単は似合わない」「烏は主を選ばない」は同じ時間軸を異なる視点で描いた対の物語である。前者は后の座を巡って巻き起こる権力争い。有力な貴族から選出された4人の姫君がその渦中にいる。優雅な儀式の裏で起こる事件の数々。誰が引き起こしているのか、后に選ばれるのは誰か。平安絵巻を楽しみながら、ミステリーに引きこまれる。

 一方で、渦の本来の中心である若宮はほとんど登場してこない。姫君の物語の裏ではさらにとんでもないことが起こっていたからである。1作でもちろん完結している話ではあるだが、2作をセットで読んでこそ本当の面白さが分かる。というか2作読んで、もう一度読み返すとさらに面白さが分かる。なるほど、この2作はこことこことでつながっていて、ここの行動の裏にはこんな理由があったのか。ミステリー好きにはたまらない楽しみ方である。

ファンタジー×ミステリー×平安絵巻

 八咫烏とは3本足の大烏。サッカー日本代表のユニフォームをよく見てほしい。あの鳥のマークが八咫烏である。八咫烏が人の姿をして暮らしている。この設定がファンタジーだが、あとはほぼ架空平安絵巻。八咫烏の設定もたまに出てくるが、平安王朝ものとして読める。これにミステリーの要素が加わる。ドS系の若宮とそれに仕える雪哉のやりとりは少女マンガ風でもある。ファンタジーが苦手な人でも、歴史ものが好きなら読める。ミステリーが好きなら最後まで読んだ方がいい。

 日本ファンタジーノベル大賞で、架空の中国王朝を舞台にした「後宮小説」が大賞を取った時も驚いたが、松本清張賞にこうしたジャンルの作品が選ばれたのも驚いた。これまでの硬派な作品とはずいぶん違うからである。普段はファンタジーを読まない人も、松本清張でつながりで手に取ってくれれば、ファンタジーのすそ野もさらに広がるのではないかと期待している。

人を思う気持ち

 さまざまな仕掛けはあるが、物語を動かすのは人を思う気持ちである。若宮と廃嫡された兄、それぞれの部下が持つ忠誠心は本物か。そもそも何が本物の忠誠心なのか。相手の幸せを思う気持ちは本当か。それに投影した自己の欲望を達成するためだけのものなのか。

 会社には「私はみんなのためにやっている」「会社のために働いている」と公言する社員がいる。でも、みんなその嘘を知っている。「あんた、自分のためにしか動かないやん」と。実態はそうなのだが、本人はきっと本当にそう思い込んでいる。

 たとえば親子だってそうだ。子の幸せを願っての親の行動は本当に子どものためになっているのか、自己実現のためではないか。そんな気持ちにスポット当てて読んでいくと、面白い。

編集後記

 面白いことは面白い。特にラストへの怒涛の展開はきっと騙される。「烏は主を選ばない」はもう途中で読むのをやめられなかった。一方で、感動はあまりなかった。十二国記にように人生に影響を受けたという衝撃はない。ただこの2作は八咫烏シリーズのプロローグ。世界はここから広がるらしい。とりあえず、続きも読んでみよう。それだけの面白さは確かにある。

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