嫉妬(アニー・エルノー)
別れた男が他の女と暮らすと知り、私はそのことしか考えられなくなる。どこに住むどんな女なのか、あらゆる手段を使って狂ったように特定しようとしたが_。妄執に憑りつかれた自己を冷徹に描く。ノーベル文学賞受賞のフランス人作家による短編。
文庫本カバーより
これは女性の方が入り込める作品かもしれません。僕はちょっとついていけない部分があります。まったく分からないということもないですが、男女の違いというより、恋愛への比重なのかな。僕のようにモテない人は読んでもピンとこないかも。
お薦め度
嫉妬の深さ
この作品はオートフィクション。フランスで名づけられたジャンルで、日本語で自伝的小説と訳されます。言語の意味的には「自分自身の虚構」。現実にあったことでも文章を書くとなると、虚構が生まれます。なのでノンフィクションではないということでしょう。ただ、著者は極力物語性を排して、言葉を紡いでいるように感じます。
この嫉妬はかなりたちが悪いです。まず、主人公は自分から男に別れを告げています。それなのに、男が他の女と暮らすと聞くと、どこの誰か特定しようという衝動が抑えられなくなり、見える景色が変わっていきます。
男は年下(30代)。年下の若い女性と暮らすなら話は違ったのでしょう。ところが新しい彼女は47歳。ここで主人公は次の事実が明白になると言い切ります。「彼が私を愛したのは、私が彼にとって唯一の存在だったからでなく、熟年の女で、経済的自立、安定した地位、世話を焼く嗜好などがあったから…」。また苦痛の日々の中で、いい気分に浸れるのは唯一、別れた後も彼とは会っていることだとも。「誕生日にプレゼントをもらったことを、もう一人の女性が知ることを想像してみるとき」。こんな心理が細やかに描かれています。
会話の意味
彼に電話をかけるシーン。「ついさっき、ちょうどきみのことを考えていたんだ」。電話を受けた彼の言葉。通常なら何気ない、もしかしたらちょっとうれしい場面のはずです。でも主人公はこの言葉に喜ぶどころか、テレパシーを信じるどころか、打ちひしがれます。「ついさっき」以外の残りの時間はずっと、自分は彼に忘れられていたのだと。一方で、主人公は朝から晩まで、彼と彼女のことが意識から消えることがありません。
「きみにまだ話していなかったけ?」との問いかけも、つまり彼は同じことをすでにもう一人の女性に話したということ。私はいつも、最良の場合でも、2番目にことを知らされる役割になっていると実感します。「きみにまだ話していなかったけ?」。そのこころは、僕はこのことをきみに話す必要がなかった、であった。男性の方は普通に対応しているだけですが、こんなに思考されていること知ったら怖いですね。
贅沢な悩みか
嫉妬の心理は共感できない部分が多いですが、それを見透かすような文章も。
「私の苦しみが私自身の目にもばかげたもの、もっと言えば、他のさまざまな身体的・社会的な苦しみに引き比べてスキャンダルなものと見えていたにせよ、いいかえれば贅沢のたぐいであるように見えていたにせよ、私は、自分の人生の平穏で実りの多かったいくつかの時期に戻るより、この苦しみを生きる方がいいと思っていた」。
僕は身体的、社会的な苦しみを味わうことの方が多く、自分のことをそこまで突き詰められていないのかもしれません。まあ、モテもしない分、男女関係のことではそんなに悩むこともないですし。
ただ、悩みに贅沢もなにもないとは思います。