倫理観のないあいつにイラっとする方へ|悪童日記

処方

悪童日記(アゴタ・クリストフ)

戦争が激しさを増し、双子の「ぼくら」は、小さな町に住むおばあちゃんのもとへ疎開した。その日から、僕らの過酷な日々が始まった。人間の醜さや哀しさ、世の不条理。日々出会う非常な現実を、ぼくらは独自のルールに従って日記にしるす。戦争が暗い影を落とす中、ぼくらは2人でしたたかに生き抜いていく。ハンガリー出身の作家が描く、異色小説。

文庫カバーより

最近読んだ本の中で、衝撃度が大きかった作品。こんなタッチの作品があるんだという驚き。人が生きるために必要なさまざまな要素が詰まっています。世界にはいろいろな作品があるとあらためて実感。

お薦め度  

効能・注意

・普遍性と個の関係

・ミステリーとしても楽しめる

・ハンガリーという舞台

こんな話

 戦争が激しさを増し、双子の「ぼくら」は、小さな町に住むおばあちゃんのもとへ疎開した。その日から、僕らの過酷な日々が始まった。人間の醜さや哀しさ、世の不条理。日々出会う非常な現実を、ぼくらは独自のルールに従って日記にしるす。戦争が暗い影を落とす中、ぼくらは2人でしたたかに生き抜いていく。ハンガリー出身の作家が描く、異色小説。

普遍性と個と

 物語は日記という個を主体とした形式で進みますが、扱っている題材は「死」「性行為」「貧富」「障害」「戦争」「民族差別」など普遍的で、作品世界の今のみならず現代にも通じています。名作を分析すると、大抵は個と普遍性の組み合わせがうまくできています。この作品もその流れを汲んでいます。

 日記はとても客観的に書かれています。それがあらすじにもある独自ルール。感情的なものを排し、事実だけを並べるのです。例えば、おばあちゃんはまちの人から「魔女」と呼ばれていると書くのはOKですが、おばあちゃんが魔女に似ていると書くのはNG。他の人がそう見えるかどうか分からないからです。事実の描写だけにとどめる。まるで新聞記事のようです。

 戦争という極限状態の下で、次々に事件は起こります。「ぼくらは」はその時々に必要な行動を取るのですが、その基準、倫理観が爽快です。陰惨な事件も多いので、爽快という言葉は合わないかもしれません。でも読後感が悪くないのは、双子が純粋に「絶対に必要としているかどうか」「なすすべがない状況かどうか」を基準に他者に手を差し伸べたり、逆に大衆が進んでやっている差別を助長する行為に反発したりするからではないでしょうか。周囲の影響を受けない、純粋な基準。「聖書に書いてあることには従わない」という発言も、大勢とは違う双子の倫理観をよく表している気がします。

 リアルなようでいて、ファンタージ的などこか不思議な作風です。双子の年齢は明らかにされていませんが、小学校中学年くらい。それなのに、やけに大人びて、天才的に考え、行動できる。できすぎるのが気になるところ。でも、3部作の1作目ということでそのこと自体に何か仕掛けがあるのかもしれません。読み終わるのがもったいない、続編が読みたいと思わされた作品です。

ミステリーと人情と

 物語の舞台や時代は実は明記されていません。でも、何となく伝わるようには書いてあります。その上、冒頭ではまちのはずれには秘密の軍事基地があり、国境が近い。おばあちゃんは僕らに意味の通じない言語で、自問自答する。といった説明も。国境に近いことが何を意味するのか、おばあちゃんの話す言語とは何なのか。ミステリー的にも楽しめます。

 感情を排した日記ですが、双子と他者との関わり方が面白い。中でも、おばあちゃんは好きなキャラクターです。おじいちゃん(おばあちゃんの夫)を毒殺したと噂され、がめつく、孫である双子にも厳しいけれど、通じ合うとことがある。連行されるユダヤ人(とは書かれていない)の列にわざとリンゴをばらまき、兵隊から暴行を受けます。連行される人々にせめてリンゴを届けたいという思い。孫に「宝物」を託す場面も。双子がどう思っているか感情はここでも一切説明がありませんが、とても好きなシーンです。

ハンガリーという舞台

 ハンガリーは複雑な国内、国際事情を抱えた国です。オーストリア・ハンガリー二重帝国では、オーストリア皇帝がハンガリー国王を兼ねました。両国は君主、外交、財政、軍事を共同しながら、別個の政府と議会をもって独立の政治を行っていました。

 ハンガリーは日本の作品でも物語の舞台になっています。黄金列車(佐藤亜紀)は、同じく第二次世界大戦末期のハンガリーが舞台。敵軍が迫りくる中で国有財産を守るべく、ユダヤ人の没収財産を積んだ「黄金列車」がハンガリー王国の首都を出発します。列車に乗り込んだ大蔵省のバログが、寄せ集めの役人たちの権力争いや、混乱に乗じて財宝や食料を奪おうとする輩に、ベテラン文官ならではの論理と交渉術を武器に闘います。

スーパー公務員を目指す方へ|黄金列車

 カルパチア奇想曲(田中芳樹)は、さらに前の時代。カルパチア山脈の城塞に幽閉されたハンガリー独立運動の旗手ヴルム伯を救出し、独占手記を狙うロンドンの新米新聞記者の冒険譚です。ぜひ、併せて読んでみてください。

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA