スーパー公務員を目指す方へ|黄金列車

処方

黄金列車(佐藤亜紀)

効能・注意

・本当のスーパー公務員

・ナチスを別角度から

・懐かしの切手収集

こんな話

 第二次世界大戦末期。敵軍が迫りくる中で国有財産を守るべく、ユダヤ人の没収財産を積んだ「黄金列車」がハンガリー王国の首都を出発した。列車に乗り込んだ大蔵省のバログは、寄せ集めの役人たちの権力争いや、混乱に乗じて財宝や食料を奪おうとする輩に、ベテラン文官ならではの論理と交渉術を武器に闘っていく。国家も倫理も崩壊する極限状態の中、疾走する列車の運命は。

本当のスーパー公務員

 公務員は待遇が安定している一方、いろいろなルールに縛られ、それ以上の仕事はしない。そんなイメージを持たれがちです。そうしたお役所仕事を逸脱して人のため、社会のため活躍するのがスーパー公務員です。でも本当にスーパーな公務員はもっと地味、なのにすごいのでは。

 史実を基にした冒険活劇ですが、主人公は大蔵省に勤めて30年の普通の公務員。派手なアクションはないし、奇想天外な策が飛び交うわけでもありません。でも、ノンキャリアの役人の矜持を守り抜く人間ドラマは熱い。列車が駆け抜けていくのは敗戦濃厚なオーストリア領で、さまざまな危難が降りかかります。それに対して役人たちは、毅然と対応します。あくまで自分の権限内で、暴力は使わず、法に乗っ取った形で。賄賂を渡して懐柔する時も、受領証を取ることは忘れない。ナチスに対しても、国際法を盾に立ち向かう。胸を張って激動の時代を生きる公務員は、安泰とはほど遠いけれど、遠いからこそ格好いいです。すごい地味ですけど。

ナチスを別角度から

 これまでも第二次大戦下のナチスを題材にした作品を紹介してきました。「朗読者」、「夜と霧」なんかがそうですね。他にナチスに抗った人物を扱ったような作品も世にありますが、この作品はこれらとはまた別の角度からナチス、戦争を描きます。

 1930年代末のハンガリー王国は、親ナチスの矢十字党が勢力を増し始め、基本的人権を制限する反ユダヤ法が段階的に成立していきました。1944年にはナチス・ドイツが首都に入り、実質的に占領下状態になります。その中でユダヤ人からの財産没収と収容所移送が推進されていきます。物語ではバログの回想を通じ、ハンガリーの移り変わりが描かれます。バログにはユダヤ人の友人もいたし、非矢十字党でナチスに与するつもりもない。公と私、これはいつの時代にもあるジレンマかもしれません。

 「朗読者」過去に目を背けてしまう方へ|朗読者 | 本の処方箋 熊野堂 (kumanokokorono-hon.com)、「夜と霧」人間とは何か知りたい方へ|夜と霧 | 本の処方箋 熊野堂 (kumanokokorono-hon.com)

懐かしの切手収集

 昔切手収集を趣味とする人が大勢いました。今もいるかもしれませんが、切手を目にする機会はめっきり減りました。たまに郵便を送る際、今って切手いくらいるんだっけ?と調べてしまいます。作品中のメーンではないですが、切手収集についてのエピソードがぽつぽつと出てきます。収集家にとっての好機は、戦争と恐慌と、革命。どの場合も収集家はコレクションを手放すことがあるからです。売ることもありますが、持っていてほしいと思う人に譲ることもあります。価値の分かる人の手元にある方がましだからです。終戦が迫る混乱期、切手にもいろいろな思いが込められます。

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