生きづらさを抱える方へ|かがみの孤城

処方

かがみの孤城(辻村深月)

 学校での居場所をなくし、閉じこもっていたこころの目の前で、ある日突然部屋の鏡が光り始めた。輝く鏡をくぐり抜けた先にあったのは、城のような不思議な建物。そこにはちょうどこころと似た境遇の7人が集められていた―― なぜこの7人が、なぜこの場所に。2018年の本屋大賞。2022年冬、アニメ映画化。

生きづらさを感じる人に読んでもらいたい、キラキラしていない青春小説。子どもの心理がとてもリアル。中高生にぜひ読んでもらいたい。

お薦め度  

効能・注意

・加害者になっていないか

・体験は絶対じゃない

・1人ではない

加害者になっていないか

 僕の若い頃がそうでしたが、生きづらさを抱えている人は、それが自分だけだと思いがちです。でも、世の中には大勢います。物語に出てくる誰かの体験に自分を重ねる人は多いのではないでしょうか。

 中学1年生のこころは、同級生とのいざこざから学校に行くのが難しくなります。嫌がらせをしてくる同級生が集団になって自宅にまで来てドアをドンドンと叩いて「出てこい」と叫ぶ。「庭に入ってしまえ」と勝手に入って、窓から侵入しようと試みる。こころは恐怖で動けなくなります。「同級生たちが家に来た」。されたのは、言葉にすればたったそれだけのこと。誰に言っても通じない。だけど、体験した時間はそんな言葉だけじゃなくて、もっとずっと決定的で、徹底的なことでした。鍵とカーテンが守ってくれたけれど、もしそれがなかったら。「殺されてしまうかもしれない。だから学校に行かない」。鏡の向こうの城だけが守ってくれる。こころはそんな気になっていきます。

 そんな城の中で、小太りで気弱そうな男の子がいます。学校でも城でもいじられキャラ、少し痛いキャラとして定着してしまうウレシノ。彼のセリフが印象的です。「みんな、僕のことは軽く見ていいと思っているんだよ。からかっていいと思っている。僕になら何をしてもいいと思ってるんだ」。「そんなことない」と声を出したこころですが「そんなこと、ある」と気づいてしまいます。ウレシノを軽く見ていた。自分も加害者側になっていたのです。

 こころの感じた恐怖、ウレシノの告白。このエピソードがすごくリアルで、学校やもしかしたら職場でも起こりうることなのかなと感じます。あと、学校の先生が加害者側の生徒の声だけを聞いて「誤解されやすいところもあるけれど」とこころに学校に出てくるよう呼びかけるシーンなどもいかにも現実にありそうです。 

 

体験は絶対じゃない

 自分の体験は自分だけの特別なものです。ただし、それが他の人に有効かどうかは分かりません。自身の体験を教訓のように話す人は大勢いますが、そうした話が役立つことはほとんどありません。

 作中でも教員を目指す学生が痛感します。「(自分の体験から)学校に通えない、溶け込めない、うまくやれない。はみだしてしまう子の気持ちが分かる」と思っていたけれど、それは違う。自身が中学時代に抱えていた事情と、今目の前にいる子たちの抱えている事情はそれぞれ違う。一人として同じではない。一人ひとり事情を抱えた子たちの、その事情に寄り添える存在になりたい。その気づきが彼女を成長させます。そして、これができる人はものすごく少ない。自分でもできているか自信ありません。

1人ではない

 城にはルールがあります。願いの部屋に入る鍵を探すこと。部屋に入れるのは1人だけで、そこではどんな願いもかなう。願いをかなえると城は消える。一方、城が開いているのは3月30日まで。それまでに鍵を見つけなければ、鍵は消滅してしまう。さらに、願いをかなえると城での記憶は消える。

 なぜ、こころだけでなく、7人がこの城に集められたのか。集められた理由は何か。人物の心の変化とともに、この謎解きがストーリーの軸になります。みんなは協力できるのか。城の外で出会うことができるのか。僕は途中で謎に気づきましたが、最後の最後でどんでん返しと感じる読者は多いのではないでしょうか。あなたは1人じゃない。そんなメッセージが伝わってくる物語です。

 

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