アルスラーン戦記(田中芳樹)
キャラ設定の魅力
歴史、政治、哲学などさまざまな要素が内包されていますが、キャラクター設定が魅力的です。前述の通り、アルスラーンは優れた剣士でも抜群の知略を誇るわけでもない。でも、周囲が助けたくなる、人を導く魅力を持っています。
常にアルスラーンに従う黒衣の騎士ダリューンは、作中最強の一人。敵国の猛将を何人も討ち取り、指揮能力にも優れています。ただ、アルスラーンにはかなり過保護。軍師ナルサスは、大陸随一の知略だけでなく、剣の腕も相当でダリューンに匹敵する銀仮面とも強力な魔導士とも渡り合います。ただ絵が下手というのが弱点。下手の横好きですが、アルスラーンに認められ宮廷画家になるのは名(迷)場面の一つです。
吟遊詩人のギーヴは剣はもちろん、弓の腕も登場人物トップクラスで神業を連発。兵も指揮できれば、単独行動はもっと得意。最初は絶世の美女・ファランギース目当てでアルスラーン陣営に加わりますが、旅の中でアルスラーンにひかれていきます。王家には何の思いもないけれど、アルスラーン個人には忠誠を誓う。奔放な彼が地味なアルスラーンの魅力を証明しています。
戦記物なのでチャンバラも見どころです。二刀流の将軍、吹き矢使い、鎖使い、地中に潜れる魔導士など、個性豊かな戦士によるアクションは手に汗握ります。
正当性とは何か
ネタバレになってしまいますが、アルスラーンは実は王家の血を引いていません。一方、ルシタニアに味方してパルスに侵攻した銀仮面ことヒルメスは、先代の王で現在の王の兄であるオスロエスの息子。オスロエスは現王に弑逆されたとの噂があります。子どもだったヒルメスはその際の火事を何とか生き延び、他国へ逃れていました。王位を取り戻すために銀仮面としてルシタニアに手を貸し、現王朝を一掃した後、仮面を捨てて国を取り戻す計画でした。
血筋だけだとヒルメスの方が正当性はあるのかもしれません。剣の達人で、頭もキレるヒルメスは復讐がすめば、あるいは真っ当な王になれるのかもしれない。でも、こんな国民に迷惑をかけるやり方が果たして受け入れられるのか。
アルスラーンは苦難を乗り越え、自力で王都を奪還し、外交手腕を発揮して他国の侵略も防ぎます。経済活動にも積極的で、奴隷解放などかつてない改革も断行。王家の血は引いてなくても、国民に支持されて王位につきます。どちらに正当性があるのか。
「英雄の子はかならず英雄。人の世がそのように定まって動かないとすれば、つまらない。事実はそうではない。だからこそ、生きているのが面白い」。誰の子供かなんて関係ない。政治の世界も社会もそうあってほしいです。
2部は残念
作品は全16巻。2部構成で王都炎上から王都奪還の1~7巻が1部。2部はアルスラーンが王になってからの物語です。タイトルは王都炎上のように全て漢字四文字。落日悲歌、征馬孤影、仮面兵団など格好いいタイトルばかりです。ただ、1部はもう文句なく面白いのですが、2部の途中からガクンとレベルが下がってしまいます。もう本当に同じ作者の作品だろうかと思うほどです。きちんと完結できたのは良かったですが、ファンとしても最終盤の出来には納得いっていません。でも1部は何度も繰り返し読んだ名作中の名作。未読の方は1部だけでもぜひ。マンガ化、アニメ化もされてますので、本を読むのが苦手な方はそちらだけでも体験してみてください。