プラナリア(山本文緒)
こんな話
乳がんの手術以来、何もかも面倒臭く「社会復帰」に興味が持てない25歳の春香。恋人の神経を逆なでし、親に八つ当たりをし、バイトを無断欠勤する自分に疲れ果てるが、出口は見えない。現代の「無職」をめぐる心模様を描く短編集。
人は面倒臭い
各作品とも普通で、面倒臭い人が登場します。その面倒臭さが、とてもリアル。
プラナリアの主人公は、あらすじの人物。手術が終わっても、病気が終わるわけじゃありません。再発の心配だってある。常に不安がつきまとう気持ち、その不安に真っすぐに向き合えない気持ちは分かる気がします。
タイトルのプラナリアは渓流などに住む生物の名前です。オスとメスの区別がない雌雄同体で、原始的な生物なのですが脳を持っていて、著しい再生能力があるということで、いろんな実験で使われているそうです。主人公は生まれ変わるならプラナリアがいいと言います。「別に可愛くないから注目もされず、何も考えずに生きていられる。切られても再生するから、死ぬ恐怖がない。セックスなんかしなくても、放っておくと育って2匹に分かれる」。
無職からの復帰
ネイキッドに登場する主人公はバリバリ働いてきた女性。結婚後は夫の事業を急拡大させますが、離婚で無職に。怠惰な暮らしを続けていましたが、立ち直って社会に出て働き始める時が迫っていました。「疑問を持ちつつもまた前へ前へと進んでいくのだ。それが何故だか分からないがとても悔しかったのだ。転んでケガをしても、やがてその傷が治ったら立ち上がらなくてはならないのが人間だ。それが嫌だった。いつの間にか体と心に備わっている回復力が訳もなく忌々しかった」。このくだりが、一番印象に残っています。
僕の無職時代
僕も無職時代がありました。最初に勤めた会社を何のあてもなく辞めて、1年ほど失業手当と貯金で食いつなぎながら、就職先を探していました。怠惰な生活をする余裕はありません。1日の食費は500円。これで何とか家賃を滞納せずにしのいでいけました。
僕はロスジェネと言われる世代。大学卒業ぎりぎりに滑り込んだのは、何の興味もなかった製造業でした。2年ほどで退職し、かといって他にやりたい仕事があるわけでもない。就職氷河期にこんな人材は見向きもされません。面接に行っても当然「なぜ、すぐ仕事を辞めたのか」と聞かれます。
辞めた理由は本当にバカバカしい。同郷の友人に「会社を辞めたい」とよくこぼしていたのですが、「お前、辞めるって口だけで本当は辞める気ないんやろ。辞めるんやったら、1週間以内に辞表出せ。出したら焼き肉おごる。出せなかったらおごれ」。とんでもない友人です。この賭けに乗った僕は、おいしい焼き肉をご馳走になりました。
後先考えていないのは若者の特権かもしれません。この時、会社を飛び出したからこそ、状況が変わりました。紆余曲折を経て、新聞記者となり、製造業の経験も無職の体験も今となっては糧になっています。ちなみにこの友人、職安に勤務しています。とんでもない公務員だ(笑)。