海はともだち(熊野堂自作)

こどもの日、特別版。約20年前に僕が友人の子ども(当時5歳)にプレゼントした童話です。

 かい君は海が大好きです。今日も新宮の海で遊んでいました。すると「こんにちは」。どこからか、声がしてきました。かい君は辺りを見回したけれど、誰もいません。

 「こんにちは。僕だよ、海だよ」。かい君に声を掛けたのは海でした。「いつも遊んでくれてありがとう。今日は一緒に散歩しようよ。さあ、僕の上に乗ってごらん」。海は優しい声で言いました。

 「でも、僕は泳げないよ」。かい君は海が好きだけれど、まだ5歳だから泳げません。

 「大丈夫さ。ほら、飛び乗って」。小さな波がやって来ました。かい君が思い切って飛び乗ると、不思議なことに沈みません。

 「どこへ行くの?」。かい君が尋ねると、海は笑っていいました。「世界一周の散歩さ」。波はぐんぐんスピードを上げ、もう新宮は見えません。かい君はドキドキしてきました。もちろん、怖いからじゃありません。だって、初めての冒険だから。

 さあ、しょうた君も地図か地球儀を手に取って、一緒に世界を散歩しよう。

 最初にたどり着いたのは中国です。かい君の住んでいる日本の一番古い友達かもしれません。

 もちろん、海も中国と友達です。「さあ、あいさつしよう。中国でこんにちはは、ニーハオと言うんだ」。海が教えてくれました。「ニーハオ」。大きな声で、かい君があいさつすると「ニーハオ」。中国もあいさつします。

 中国からいろんなものが、日本にやって来ました。かい君がまだ読めない漢字も、大好きなラーメンも中国から来たのです。

 「徐福公園を知っているかい?」。海が尋ねました。かい君の家の近所です。「徐福も昔、中国から来たんだ」。遠いところから来たんだな。かい君は思いました。でも、かい君の方がもっと遠くへ旅します。だって、世界一周の散歩ですから。

 「ここからは少し気をつけてね」。海が声を潜めて言いました。よく見ると、空の上や海の下をミサイルが飛んでいます。

 「どうしたの?」。びっくりして、かい君は尋ねました。「国と国がケンカしているのさ」。海が悲しそうに言いました。海はみんなと友達ですが、国と国はケンカすることもあります。

 「どうして、みんな友達になれないのかな?」。かい君は不思議でなりません。だって、みんな海と手をつないでいる仲間だからです。「そうなんだ。僕もとっても悲しいよ。涙がいっぱいさ。だから、こんなに塩辛いのかもね」。かい君はちょっぴり海をなめてみました。やっぱり、塩辛かったです。

 「日本の友達はいないの?」。かい君が尋ねました。「今から会いに行くところさ」。海は元気になって言いました。たどり着いたのはトルコです。

 「メルハバ」。これがトルコのあいさつ。かい君の声に、「メルハバ」と返事がありました。

 「昔、トルコの船が串本で沈んだんだ。でも、串本の人たちは一生懸命助けてあげたんだよ。それから、トルコと日本は友達になったのさ」。言葉が違っても友達になれるんだ。かい君はうれしくなりました。

 串本は新宮からちょっぴり離れた町です。かい君も行ったことがあります。「トルコの大きなお墓がある」と海が教えてくれました。今度、また行ってみたいと思いました。

 「ハロー」。次にやって来たのはアメリカです。「ハロー」。アメリカもあいさつしてきました。

 アメリカは大きな国です。日本が25個も入ってしまいます。大きな谷や湖もあるし、大きなビルだってあります。

 「アメリカが日本にやって来た時、初めにあいさつしたのが串本さ。僕は見ていたから知ってるよ」。海が教えてくれました。その時、乗ってきた船が、串本駅の前に飾ってあるそうです。かい君は今度、見に行って見ようと思いました。

 「暑くなってきたから、今度は寒いところに行こう」。海が連れて来てくれたのは、南極でした。氷がいっぱいで、かき氷にしても、とても食べ切れそうにありません。

 南極は物知り博士。「人は世界中を汚しちゃったけど、南極はきれいなまま。何も壊れていないから、大昔のこともよく知っているのさ」。海が教えてくれました。

 「世界は汚れているの?」。かい君はびっくりしました。「そうさ、僕も汚されているんだ」。海は悲しそうに言いました。かい君がちょっぴり海をなめてみると、やっぱり塩辛い。海がいっぱい、泣いたからかもしれません。

 「僕は汚さないよ。ごみが落ちてたら拾ってあげる」。かい君は海に約束しました。海はうれしくて、また元気になりました。

 「さあ、ママも心配するから、大急ぎで帰ろうか」。波が猛スピードで、かい君を運びます。あっという間に、新宮に到着しました。

 「ありがとう。また、遊ぼうね」。かい君はお礼を言いましたが、返事がありません。海はもうお話しませんでした。けれど、波の音が何だか、笑っているみたい。かい君がみんなと仲良くして、海を汚さないでいれば、またきっとお話できるはずです。(おわり)

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