香港の行方が気になる方へ|龍の契り

処方

龍の契り(服部真澄)

効能・注意

・香港返還25年です

・日本の小説では珍しいスケール感

・眠れる獅子は目覚めたのか?

こんな話

 1982年、英国情報部が外交文書を撮影中、スタジオが全焼した。その時、機密文書が忽然と消えた。2年後、中国と香港返還交渉に臨んだ英国サッチャー首相は、なぜかほぼ無条件で返還に合意した。それまで強気な姿勢だった英国がなぜ、弱腰になったのか。香港返還前夜、機密文書を巡り英、中、米、日の四カ国による熾烈な争奪戦が始まった。

香港返還

 香港が英国から中国に返還されて25周年を迎えました。香港が英国の統治下にあったことを忘れていた人も、若い世代ではその歴史さえ知らない人が増えているかもしれません。

 英国はアヘン戦争に勝利し、当時の中国政府だった清朝から1898年に香港を手に入れました。当時の香港は荒涼たる漁港のまち。英国はこれを国際金融都市に育てました。それを返還しなければならないのは、英国としては惜しい。当初、英国は返還するつもりなどありませんでした。それがなぜ、ほぼ無条件の返還に応じたのか。その経緯をはっきりと指摘できる専門家はいないとされています。ここに小説のリアリティーがあります。

 返還後の香港は100年にわたって「一国二制度」のもと高度な自治が約束されていたはずでしたが、現実はずいぶん違ってきましたね。

国際謀略小説

 英国の諜報機関、ハリウッドのスター、国際的な日本企業、日本の外交官、中国の秘密組織、歴史を動かしてきた一族、CIAなどさまざまな機関、人物が入り乱れ、舞台も英国、香港、米国と移り変わります。外交官の沢木は、マスコミから転身した変わり種。スポーツビジョントレーニングで動体視力、物体の距離や位置を判断し、立体を認識する深視力といった視覚機能を鍛えることで運動能力を高めています。

 ハッカーのラオは、コンピューターに初期画面の偽物を出させパスワードを抜き取ることで、外部のネットとつながっていなかった銀行のコンピューターにも侵入していきます。だいぶ時代は古いですが、手法そのものは今も変わらないかも。

 それぞれが、それぞれの主義のため、あらゆる手段を使って機密文書を手に入れようとします。この手の小説は日本ではあまり見かけません。大きく広げた風呂敷をさてどう料理するか。この作者の作品はそこが難点ですが、このデビュー作は一番出来がいい気がします。

眠れる獅子は目覚めたか

 中国は眠れる獅子と言われてきましたが、長く眠り続けたままでした。現在は経済でも軍事でも国際的に存在感を示してはいますが、目覚めたといえるのでしょうか。どちらかといえば、まだ夢の途中の印象です。沢木は日本は発展する中で、日本本来の良さを失っていったと考えています。中国にはそうならずに目覚めてほしいと。

 欧米だけがすべてではない。東洋の良さを失うな。僕が高校生だった30年ほど前、そんな論調の本が結構出ていた気がします。その影響で(実際にはほとんど通ってませんでしたが)大学で国際政治経済コースを取り、アジアとのつながりについての授業を選択していました。

 獅子がゆっくり目覚める十数年の間、日本と中国が歩調を合わせ、米国と一線を画する必要がある。本書では登場人物たちがそんなアジア像を語りますが、この頃(1995年)からずっと未来の2022年、中国も日本もアジアも、世界情勢もそんな理想からは縁遠いところに来てしまった気がします。それでも中国には多くの若い力が眠っているはず。体制側で出世を望むのか、大陸と距離を取って世界で活躍するのか。国を変えるのか。結論が出るのはもう少し先かもしれません。

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