銀河英雄伝説外伝②(田中芳樹)
こんな話
ヤン・ウェンリーの養子・ユリアン・ミンツの視点でヤンや彼のもとに集う勇将、智将たちの素顔を描いた特別編。帝国軍の難攻不落の要塞イゼルローンをわずか半個艦隊で、誰一人味方の血を流さずに陥落したヤンは、イゼルローン要塞司令官となる。一緒にイゼルローンに引っ越したユリアンの日記という形式の物語。本編は後世の歴史家の視点で描かれており、異色の作品。
ヤンとユリアン
同盟には戦争で親を亡くした戦災孤児を、軍人の家で育てるというトラバース法があります。戦争は150年も続いており、福祉施設だけでは対応しきれないためです。将来軍人になれば養育費を返還しなくていいという、軍人の人材確保政策という側面もあります。ヤンとユリアンの年齢差は15歳。親子というには歳が近く、兄弟というには離れています。この2人の関係が好きで、僕も養子を持つことに憧れていました。僕の家庭環境は少々似ているかもしれませんが、僕はヤンではないし、子どももユリアンではないので、こんなに格好いい感じではありません…。
子育て論
ヤンのユリアンに対する言葉はどれも素晴らしいのですが、中でも僕自身、子どもや後輩相手に心がけたいなと思っているセリフがあります。ヤンは軍隊が嫌いで、才能あふれるユリアンには他の仕事に就いてもらいたいと考えています。でも、ヤンに憧れるユリアンは少しでも近づこうと軍人の道へと進みます。そんなユリアンに掛けた言葉。「軍隊は道具にすぎない。それも、ないほうがいい道具だ。そのことを覚えておいて、その上でなるべく無害な道具になれるといいね」。「なりないさい」ではない。「なれ」でも、もちろんない。「なれるといいね」。これがヤン流。30代前半で亡くなったヤンの年齢をとうに超えてしまった今も、この境地には辿りつけていない気がします。
軍事論
ヤンは戦争嫌いだけれど、戦争の天才です。ユリアンの対話の中には、戦争だけでなく、社会の中でも役立つ要素が盛り込まれています。
「戦争で最も大切なのは補給と情報だ。この二つがなければ、戦闘なんてできやしない。戦争をあえて一つの経済活動に例えれば、補給と情報が生産で、戦闘が消費にあたる。世の中で一番有害なバカは、補給なしで戦争に勝てると考えているバカだ」。戦中の日本を思い起こさせる言葉です。
「戦略には、勘なんかの働く余地はない。思考と計算と、それを現実化させる作業とがあるだけだ。職務に不誠実な軍人ほど戦略を軽視して、戦術レベルで賭けをしようとする。さらに無能で不誠実な軍人になると、精神論で戦略の不備や戦術の不全をごまかそうとする。食料や弾薬を補給もせずに、闘志で敵に勝つことを最前線の兵士に強要する。結果として、精神力で勝ったということはある。だけど最初から精神力を計算に入れて勝った例は、歴史上に一つもない」。これは、いろんな場面で当てはまる考えです。会社の人にも読んでもらいたいです。
最後に。「戦争をしなくちゃならない理由は、安全な場所にいる連中が考えてくれるからね。危険な場所にいる人間が、戦争をすべきでない理由を考えてもいいんじゃないか。近代以降、戦争を精神的に指導してきた文化人や言論人が、最前線で戦死した例はない」。好戦的な人々に踊らされないように肝に銘じたい。