- 百年の孤独(ガルシア・マルケス)
- 本心(平野啓一郎)
- 非色(有吉佐和子)
2024年のお薦めというタイトルながら24年に発表の作品が1作も入っていないというとんでもないラインナップ。決して、今年発表の作品の出来が悪かったわけではないですが、今年紹介した作品で特に印象に残ったものを選んでいます。古い作品も新しい作品もありますが、いずでも今の問題を描いたものばかり。年末年始に一気読みしみては。
百年の孤独(ガルシア・マルケス)
お薦め度
蜃気楼の村マコンドを開墾しながら、愛なき世界を生きる孤独な一族、その百年の物語。錬金術に魅了される家長、いとこでもある妻とその子供たち。そしてどこからか到来する文明の印……。目も眩むような不思議な出来事が延々と続くが、予言者が羊皮紙に書き残した謎が解読された時、一族の波乱に満ちた歴史は劇的な最期を迎えるのだった。世界的ベストセラーとなった20世紀文学屈指の傑作。(新潮文庫カバーより)
あなたは孤独ですか?
文庫化で話題になった名作。タイトルと内容のあらましは知っていましたが、なかなか読む機会がなく、ブームに乗って読破しました。ちょっと古い作品で舞台は地球の裏側の南米ではありますが、登場人物の孤独や葛藤、社会、家族との隔絶は普遍的なメッセージが込められています。
作品の特徴がマジックリアリズム。現実と幻想の融合が作品に神秘的な雰囲気を与えています。そんなばかな、ということが起こるんですが、作品世界ではすんなり受け入れられ、何事もなかったかのようにストーリーが続いていきます。こうした手法は日本でも用いられていますが、南米のこの村ならこんなことも起こりうるのではないか、そんな地の利(?)を生かしたマジックリアリズムは強烈です。 そうした手法を用いながら家族の物語、孤独と情熱のはざまで生きる人々、忍耐力で家族を支える人々のリアルが描かれる。最後の予言も魔術めきながら、不思議なリアリティーで物語をつないでいきます。
やっかいなのは名前です。アルカディオとアウレリャノ、家長(ホセ・アルカディオ・ブエンディア)の2人の息子の名前はその子供にも受け継がれていきます。名前だけでもややこしいのに、どうも性格まで引き継がれていくようで、途中にこんがらがる人は多いはず。こうした繰り返しは神話の時代から続く手法ですが、名前の繰り返しは日本ではあまり見ない気がします。
文庫カバーには愛なき世界を生きる孤独な一族、とありますが、作中の一族は必ずしも愛に欠けているわけでなく、孤独なだけでもないように思います。ネットフリックスでドラマ化されている(未視聴)ので、読むのはちょっとしんどいという方はそちらから試してみるのもありかもしれません。
本心(平野啓一郎)
お薦め度
母を作ってほしいんですーAIで、急逝した最愛の母を蘇らせた朔也。孤独で純粋な青年は、幸福の最中で<自由死>を願った母の「本心」を探ろうと、AIの<母>との対話を重ね、やがて思いがけない事実に直面する。格差が拡大し、メタバースが日常化した2040年代の日本を舞台に、愛と幸福、命の意味を問いかける傑作長編。 (文春文庫カバーより)
AIに相談したいことはありますか?
最近、初めてAIをまともにつかってみました。いろいろな場面で、AIが搭載されたものはつかっているはずですが、それとは別に明確に目的を持ってAIを使ったのです。これは相当、明確に指示しないと思うような成果は得られない。仕事は速いし、何より真面目なのですが、仕事の相棒としてはもう少し研究が必要なようです。
AIを使って死んだ人を再現してみたいか。主人公はかなり極端な思考にも感じますが、実際はこういう人は結構いるのかもしれません。
生きる誰にでも死は訪れるけれど、いつ訪れるかは基本的には分かりません。でも、分かっていればできることがあるのでは。作品では「自由死」が認められています。条件はいろいろあるようですが、自分で死を選ぶことができるのです。突然死んでしまっては、夫や妻、子ども、親、友人などに最後に伝えたいことがあってもなかなか都合よく伝えられません。いつかが決まっていれば、死の一瞬前にそばにいてもらうこともできます。
自由死には作品中にも肯定、反対の意見が当然あるのですが、みなさんならどうでしょうか。「あり」なのではないかと思う部分があります。「生きるのがる辛いから」では辛すぎます。その辛い状況を変えることにこそ、力になりたい。でも「十分生きた」と思えたなら、その選択ができることで生がより充実することはあるのかなと。
死の一瞬前に一緒にいたい人は誰か、何を伝えたいか。今は全然思い浮かびません。死ぬまでにやりたいリストを作って、その遂行に必死になっているかもしれません。やりきれなかったら、死の期限を延長する。結局、僕ならそうやって、生き続けていくのかもしれませんが。
主人公の母親、作者は僕と同世代。2040年の未来はこんな風になっているのか。未来、そして今を生きる人への問いかけに満ちた作品です。
非色(有吉佐和子)
色に非ずー。終戦直後、黒人兵と結婚し、幼い子を連れてニューヨークに渡った笑子だが、待っていたのは貧民街ハアレムでに半地下生活だった。人種差別と偏見にあいながらも、「差別とは何か?」を問い続け、逞しく生き方を模索する。1964年、著者がニューヨーク留学後にアメリカの人種問題を内面から描いた渾身の傑作長編。(河出文庫カバーより)
差別はなくせますか?
世界中で分断と対立が加速した1年でした。貧富の格差は拡大する一方で、中間層が薄くなっています。取り違えた自由を振りかざし、さまざまな主張を差別扱いする声、多様性を訴えながら実際は逆の行動を取っている人々、古くからの人種差別はいまだなくならない。
日本では人種差別はあまり感じないかもしれません。作中では笑子と黒人兵の結婚はセンセーショナルに受け取られます。そして、生まれた子どもは色が黒く、近所の子どもからいじめられます。今はそこまでではないでしょうが、黒人、白人に限らず、外国人との差別、距離みたいなのは感じる人が多い気がします。そして、西洋系より日本と同じ東洋系の外国人に差別意識(日本の方が優位的な)を持った人は確実にいます。
表立って、堂々とそれが正義と思い差別する層は現代にもいます。「私は人種や国籍や職業なんかで差別しない」と思っている人も、実際に近所の人、クラスメイトだったら何の問題もなく受け入れられる人も。差別されている人が家族になったらどうでしょうか? そのスタンスを貫き、受け入れられるでしょうか?
人種の問題だけではありません。知的障碍者、発達障害の子どもを露骨に差別する人は少数派でしょう。でも、自分の子どものクラスにいたら、その子と自分の子が同じ班だったら。果たして快く受け入れるでしょうか。
最近よく聞くインクルーシブ。作品中の長女の作文「わたしの家族」が秀逸です。お父さんは黒人で、お母さんは黄色人種の日本人。お母さんは英語を上手に話せるけれど、RとLの発音が苦手。お母さんは日本語で叱ることがあるけれど、日本語を一つも知らない私はその瞬間だけ日本語が理解できる。英語も日本語も人間の言葉だからでしょう。
アメリカの黒人は300年前にアフリカから渡ってきて、私の家は8代目に白人が10代目に黄色人種の血が混じった。だから私と妹はあまり似ていないけど姉妹。なんて素晴らしいことでしょう。
といった内容です。日本でいじめられていた長女もアメリカでは楽しく過ごし、賢く育ちます。この作文はまさに差別を超えた世界。子どもの目を通し、アメリカを皮肉っている箇所もあるのですが、その描き方も秀逸です。作者のユーモアセンスがあふれています。
編集後記
新しい作品があまり読めなかった1年でした。面白そうな作品はいろいろあるのですが、過去作品も気になりだして、収拾がつかない状況です。新作では芥川賞作品の「バリ山行」「サンショウウオの四十九日」を推します。全くタイプの異なる作品で「バリ山行」は堅苦しくなく読みやすい。読者の視線に近い。一方「サンショウウオの四十九日」は、語りで紡ぐ世界が独特。どちらも長い作品ではないので、正月休みにぜひ。