取材 執筆 推敲 書く人の教科書(古賀史健)
本書は「ライターの教科書」というコンセプトの下、執筆された。より正確に言うなら「もしもぼくが『ライターの学校』をつくるとしたら、こんな教科書がほしい」を出発点とする本である。「取材」「執筆」「推敲」の全三部、ガイダンスまで含めると合計10章からなる本書が、現役のライターや編集者はもちろん、これからその道をめざす人、そして「書くこと」で自分と世界を変えようとするすべての人たちに届くことを願っている。
本書カバーより
500ページ近くある分厚い本。僕は買ったものの、他に一体誰が買うのだろうとは思ってしまいます。が、中身は本当に面白い。普段思っていることが言語化されているけだけでなく、新たな発見が多い。「書く」仕事をしている人ならジャンルは違っても読んで損はありません。それ以外の人はきっと読まないでしょうけど。
お薦め度 (書く仕事の人には星5つ)
即席文章術はいらない
世の中には文章術の本があふれています。どんな仕事でも書類は作ることはあるし、メールを送ることは日常的にあるでしょう。大抵の文章術は、英会話のフレーズのようにその場、その場のテクニック、定型です。書類やメールならそれでも十分オッケーです。でもライターを目指す人には足りない。根本的に何かが違います。
この本はまさにライターのための教科書。執筆の前の取材の仕方から、何ならライター、編集者とは何かというそもそも論からみっちり書き込まれています。読んですぐ真似するタイプの本ではなく、じっくり自分の中に落とし込む必要があります。
日本人なら日本語の読み書きはある程度できます。でも、いい文章が書けるか、そもそも書いていることを正確に読み込めるかはまた別の話。一億総評論家の文章で生きていくのは実はなかなか険しい道。僕も技術を教わった覚えはなく、実践の中で自分で開発してきました。
こんな教科書があれば助かるし、立ち返る場所ができます。帯にある「100年後にも残る文章本の決定版」は大げさではないですね。もっともある程度経験のある人でないと教科書として生かせるかちょっと疑問はありますが。
まずは読むこと
新聞を読んでいますか?本を読んでいますか?読むとは字面を追うだけではありません。もっと能動的なものです。取材は「読む」ことから始まります。取材者にとって世界は開かれた一冊の本である。本書にはそんな記述があります。人を読み、͡コトを読み、世の中を読む。世界をひたすら読む日々です。テレビや映画は見ているだけで楽しめますが、それでは「読んだ」ことにはなりません。観察し、推論を重ね、仮説を立てる。仮説を検証、考察する。固い言葉でいうとその繰り返しが取材になります。
1冊の本もインタビューするように読めば、全然奥行きが違ってきます。まあ、自分が書いた文章がそこまでじっくり読まれるとうれしくはありますが、恥ずかしくもあり、怖くもあります。そこで自信を持てるくらいの完成した文章が書けるようになるといいな。まだまだ、読む力の時点で不足しているようです。
ライターという人種
ライターと小説家や詩人は、同じ書くことを生業にしていても、人種は少し違います。本書の作者は「ほんとうに言いたいことなど、なにもない」人間だと断言しています。優秀なライターたちも「ほんとうにいいたいことなど、なにもない」と口をそろえるそうです。自己表現欲や創作欲、自己顕示欲らしいものをほとんど持ち合わせていないと。
ではなぜ書くのか。鍵は「取材」にあります。「言いたいこと」を何も持たなかったライターが、取材を通じて「どうしても伝えたいこと」を手にしてしまう。
このくだりは、腑に落ちます。僕自身もそうかもしれません。取材者は自ら光り輝く恒星ではなく、恒星への取材を経てようやくライターになる惑星のような存在だ、と。自身が恒星でなくてもライターにはなれるのです。
もっとも僕の周囲には自己顕示欲の塊のような自称ライターもいますが。僕は違う道を歩きたいと思います。
座右の書はありますか
座右の書とは、その人にとって人生を変えた1冊。そんな本はありますか?ほとんどの人が若い頃に読んだ本を挙げるはずです。この本があるから、今の自分がある。
でも、それでいいのでしょうか。悪くはありませんが、もう人生をひっくり返さなくていいのでしょうか。人生を変える勇気があるか、ないか。自分を変えるつもりさえあれば、たとえ何歳になってからでも座右の書を更新することができます。座右の書が更新されることは、自分という人間が更新されることです。少なくともライターは常に自分を更新していないと通用しません。
この1冊が座右の書になりました、と言わせたいのか(笑)という気もしますが、その1冊に加える価値は十分ありました。
編集後記
文章は短く簡潔に。構成は逆三角形。大事なことから順番に書いていくー。後輩を指導する際もそういうテクニックというか、基礎の部分は話すことがありますが、取材の仕方からもっと根本的な「書く」作業を教えられていなかったと実感しました。それより、まず自身の学びが足りなかったと。新聞記者とは少し流儀が違う部分はありますが、今年出会った本のベスト3には必ずランクインしてくるであろう良書です。