100分de名著 アルベール・カミュ「ペスト」(中条省平)
作品の舞台は治療法のない疫病「ペスト」に突如襲われ、封鎖されたアルジェリアの都市オラン。終わりなき災厄に見舞われたとき、人はそれにどう向き合うのか?ノーベル賞作家カミュの上質な文章と徹底したまなざしによって描かれる群像劇は、コロナ禍を経験した私たちに多くの示唆を与えてくれる。パンデミックを経験したいま、この作品を読まずして未来は見通せない。
本書のカバーより
未来を予見していたと話題の小説、の解説本。本編を読む前に解説書を読むなんてと思ったが、これが面白い。好きなエンタメ作品と共通点も多い。カミュの作品はもちろん、他の(解説の)シリーズも読んでみたくなった・
お薦め度
言葉の大切さ
ペストは群像劇であるとともに、ディスカッション・ドラマとしても優れている。というか、群像劇の魅力はさまざまな意見(生き方)のぶつかり合いにある。
真実か否かより、感情に訴えるものがあるかどうかで判断する「ポスト・トゥルース」の時代と言われている。言葉は無力なのか。「言わなくても分かる」のか「言っても分からない」のか。いや。「言わなければ分からない」。言葉の重要性を徹底して信じている「ペスト」は日本人にとって大きな意味を持つ小説だという。それがひしひしと伝わる。
僕が愛読している小説にもこうした考えは共通する。「言葉で伝わらないものが、たしかにある。だけど、それは言葉を使いつくした人だけが言えることだ」。私たちはそれができているか。今の時代こそ問われている。
正しさの怖さ
本書の中では、さまざまなカミュ作品の魅力が語られる。その中でも特に気になるのがこの部分。人間が国家や社会という立場から異論の余地のない正義を引き合いに出して死刑に賛成したり、全体的な真理や未来の幸福を目指して革命のために殺人や戦争やテロを行ったりすることに「ためらい」を感じる倫理的感性こそ、カミュの精神の本質的な特徴だというもの。例えば、戦争では対立するどちら側も自分が善、相手を悪だとして熱心に人殺しをしてしまう。
僕の愛読する小説にも「絶対的な善と悪が存在するという考えは、おそらく人間の精神をかぎりなく荒廃させる」「自分が善でああり、対立者が悪だとみなしたとき、そこには協調も思いやりも生まれない。自分を優越化し、相手を敗北させ支配しようという欲望が正当化されるだけだ」「人間は、自分が悪であるという認識に耐えられるほど強くない。人間が最も強く、最も残酷に、最も無慈悲になりうるのは、自分の正しさを確信したときだ」
昔も今も人間は変わらない。時代を超えて今もテーマになっている問題だ。
ヒロイズム
「ペスト」はアンチヒロイズムの小説だという。人間の行為を美醜で判断し、それを善悪の問題に還元するのは危険であると訴える。「ペスト」は決して勇敢さの美談ではないし、特別に強い精神を持った主人公による美しいヒロイズムによる物語ではない。「ただ自分にできることをする」という静かな美徳を持った人物に活躍の場を与えるのもこの作品の魅力だと。
これも僕の好んで読む作品に共通している。英雄も昔のような完璧超人ではない。英雄として見られても、本質は一般の人と何ら変わらない。「英雄など、酒場に行けばいくらでもいる。その反対に、歯医者の治療台には一人もいない。まあその程度のものだろう」
編集後記
解説がこんなに面白いとは。勧められて読んだが、かなりハマった。面白い作品には共通するものがある。文学作品はいろいろな人が評価してくれるが、エンタメ系の作品はなかなかそうはならない。でも、文学作品の歴史をくんで生まれてきた次世代の作品には、過去の作品の魅力をベースにしつつ、さらに昇華させているものも多い。それが評価されるのはもっと先のことなのか、流派が細分化され続けていくからみんなが評価するということはもう起きないのかもしれない。