坊ちゃん(夏目漱石)
松山中学在任当時の体験を背景とした初期の代表作。物理学校を卒業後ただちに四国の中学に数学教師として赴任した直情型の青年、坊ちゃんが周囲の愚劣、無気力などに反発し、職をなげうって東京に帰る。主人公の反俗精神に貫かれた奔放な行動は、滑稽と人情の巧みな交錯となって、漱石の作品中最も広く愛読されてる。近代小説に勧善懲悪の主題を復活させた快作。(新潮文庫カバーより)
坊ちゃんを読むのは実に小学生の時以来。何となくストーリーは覚えていたけど、坊ちゃんよりだいぶ大人、親世代にまでなって読むと、当時の印象以上に滑稽さが際立つ気がしました。中古の文庫で読んだのですが字が小さい。最近の本で読む方がよさそうですね。これも歳のせいか…。
お薦め度
松山は坊ちゃんのまちか?
愛媛県松山市は坊ちゃんのまちです。昨年、出張で初めて訪れたのですが、まちなかを走る路面電車は「坊ちゃん列車」、お土産の定番は「坊ちゃん団子」、道後温泉の名所「坊ちゃんカラクリ時計」、空港の愛称は「坊ちゃん空港」。飲食店のメニューにも「坊ちゃん定食」「坊ちゃん御前」的なものがあります。
愛される坊ちゃん。しかし、改めて読んでみると当の坊ちゃんは松山を田舎だとこき下ろしています。東京から来て、田舎の暮らしに癒される、新しい暮らしを見つける的な、現代的なストーリーではありません。坊ちゃんが絶賛しているのは温泉くらい。あと、天ぷらそばと団子がおいしかったというエピソードくらいでしょうか。
それでも、坊ちゃんをシンボルとして扱う松山市は大人です。大人になった坊ちゃんが訪れたら、ちょっとは反省して、今度こそいいところをもっと発信してくれるはず。いや、そんなキャラじゃないところがおもしろさでしょうか。
田舎あるある
松山は城下町で、それなりに大きなまち。地方の中心都市です。でも、日本の中心から見たら、田舎だったのでしょう。もし、和歌山を訪れていたらどうだったのか。当時の和歌山市は日本屈指の都市だったそうなので、そうでもないかもしれませんが、南に足を伸ばせば、辺境の地と感じたことでしょう。
松山では坊ちゃんが天ぷらをおかわりすると、団子を注文すると、そのことがすぐに知れわたります。田舎のネットワークは恐ろしい。現代でも先祖を数代先まで知られているし、交際遍歴なども筒抜き。スーパーの買い物かごに何を入れていたかもすぐに伝わる(伝える意味はないのですが)。田舎の描写は都市住民の誇張ではなく、かなりリアルです。
勝ち組、負け組
いい言葉ではありませんが、勝ち組、負け組とはよく使われます。明治にそんな使い方はしなかったでしょうが、勝ち組と負け組ははっきり分かれています。坊ちゃんは貧しい家柄ではありませんし、それなりには学もありますが、勝ち組には到底なれない。物語では最終版で、にくい相手をぎゃふんと言わせるわけですが、それはささやかな勝利で、全体としてはむしろ負けているとも取れます。局地的な小競り合いでは勝っても、人生という大きな盤上では負け組に入れられる。でも、自分の心のまま生き、決して負けないのが坊ちゃんのいいところでしょう。
作者の夏目漱石は東大出で、英国にも留学経験がある。完全に勝ち組ですね。でも、勝ち組だけの視点で物語を描かない。勝ち組中の勝ち組です。
南方熊楠と同級生
夏目漱石と世界的な博物学者の南方熊楠は東大の同級生。時期は少しずれますが、ともに英国にも留学しています。お札の肖像にも採用された漱石に比べ、熊楠の知名度はそこまで高くありませんが、年々評価が高まっており、海外にもファンが多い。熊楠は和歌山県出身で、生涯の多くのを県内で過ごしながら、世界を驚かせる活躍をします。この2人に親交があったという話は聞いたことありませんが、経歴だけ近くても、中身はずいぶん違うので、きっと気が合わなかったでしょうね。正岡子規も東大の同級生で、こちらと漱石は親交が深かったというエピソードが残っています。スゴイ同級生のメンツですね。
編集後記
以前、シャーロックホームズを小学生時代以来読み返してみましたが、坊ちゃんもまた読み返すと感慨深い。当時の快作で、現代の作品にもさまざまな影響を与えているなと感じました。新しい本で読めていないのがまだまだあるけれど、かつて読んだ作品も読み返してみたい。50前になって、読書欲が高まってます。