バナナフィッシュ(吉田秋生)
1985年、ストリートキッズのボス、アッシュはニューヨークで、胸を射たれて瀕死の男から薬物サンプルを受け取った。男は「バナナフィッシュに…」と言い遺して息を引き取る。ベトナム戦争で出征した際、麻薬にやられて正気を失ったままの兄グリフィンの面倒をみていた彼は、兄が時々つぶやく「バナナフィッシュ」と同じことばを聞き、興味を抱いた。殺された男を追っていたのは暗黒街のボス、ディノ・ゴルツィネ。アッシュは男と最後に接触した者としてディノに疑われる。雑誌の取材でアッシュと出会った、カメラマン助手の英二も巻き込んで事件は思わぬ展開を見せ…。(フラワーコミックサイトより)
この名作を今まで読まずにいたなんて。読み始めると止まらない。独特の読後感。これは読まないと本当にもったいない。青春もサスペンスも社会ドラマもヒューマンドラマもてんこ盛り。普段マンガを読まない人もぜひ。
お薦め度
逆境には強いですか?
主人公のアッシュはとにかく逆境にぶつかり続けます。美形で身体能力が高く、頭も切れる。さまざまな才能を抱え、それを生かす鍛錬もしてきているアッシュ。でも幼少の頃から性的虐待を受けてきた傷、麻薬で正気を失った兄、マフィアとの抗争、失われる仲間…。才能だけでは超えられない逆境に自ら突っ込み、道を拓いていく。そもそもストリートキッズというのが逆境の塊。いつ踏みつぶされるかもしれない。将来へと続く道は曲がりくねって見えない。
ある作家の対談で、主人公に逆境を与え続けるには作者の精神力の強さが必要という話がありましたが、だとしたらこの作者はすごいんでしょうね。僕も子どもの頃から逆境に立ち向かい続けてきた人生だったと思います。それを思えば今はだいぶ安定したかも。でもあえて、逆境に向かってしまうような。あなたは逆境に強いですか?逆境に発ったと感じたことはありますか?世の中、案外逆境に弱い人が多い。それだけ平和なのはいいことなんですけどね。
キャラの魅力てんこ盛り
作中の人気キャラはツートップは主人公のアッシュ、親友で日本人の英二。アッシュは先述の通り、スーパーマン的なキャラで、戦闘だけでなく、文化芸術、グルメ、経済、世界情勢などあらゆる分野で専門家顔負けの知識を持っています。味方はもちろん、敵側をも引き付けるカリスマ性があります。一方で、いつもは表面に出さないけれど、愛らしさ、かわいさみたいなものもある。カボチャが苦手というエピソードも面白い。それを引き出せるのが、日本人大学生で、ストリートキッズとは全く違う人生を歩んできた英二。英二もまた、その純粋さでストリートキッズの仲間たちと打ち解け、受け入れられていきます。
その他にもいいやつから、とことん腐った悪い奴までさまざまなキャラクターが登場します。中でも僕のお薦めはチャイニーズのストリートキッズのボス、シン。体は小さいけれど、行動力、コミュニケーション力、もちろん戦闘力も高い。中でもどの陣営ともつながれるコミュニケーション力の高さは作中一かも。後半はシンがつなぎ役となって活躍します。僕の中では第3の主人公ですね。
プロの殺し屋で、アッシュに戦闘術を教えた師匠ブランカも魅力的です。彼も過酷な人生を生きてきたようですが、機智に富み、アッシュやその仲間を見守る視線も温かい。最後の戦いでブランカとシンがデコボココンビ(ブランカは巨体)の活躍は名場面の一つです。そしてコミカルパートも担当できる(これも2人とも)。外伝でも2人の活躍が読めます。
物語の魅力もてんこ盛り
基本はバナナフィッシュという薬物を巡るサスペンスであり、アッシュや仲間たちの青春物語であり、ストリートキッズやマフィア、麻薬などを巡る社会派ドラマであり、家族や人生を描いたヒューマンドラマでもあります。読み始めたら止まらない怒涛のストーリー展開に、こうした要素が全て詰め込まれています。これがもう40年近く前の作品とは思えない。全然古くない。性的虐待の話なんかは現代でようやく描かれるようになった要素かもしれません。
そして魅力的なアッシュも決して単純に賞賛しない。多くの人を殺し来た影の部分もきっちり描く。でも図書館で本を読んでいる姿や英二と冗談を言い合っている姿を見ると、もし、こんな境遇でなかったらどんな人生を歩めていたのだろう。そんな想像もしてしまいます。
ソウルメイトはいいますか?
物語のもう一つの軸となるが、アッシュと英二の関係。単なる友情を超えたソウルメイトのような存在です。ソウルメイトとは、普段使わない言葉ですが、魂の仲間という意味のようです。異性、同性どちらにも存在し、複数いてもおかしくない。同じ目的や運命を一緒に歩んでいく仲間で、多くが恋愛関係にはならないのだとか。
アッシュと英二は知り合ってすぐに不思議な友情が生まれます。互いのことはほとんど知らないのに、どこかでひかれあう。一見、BL展開にも見えますが、そうではない。性的な関係、恋愛関係はなくて、でもそれより深いかもしれないつながりがある。そういうのありだよね、と思えるかどうかでこの作品の評価は変わって来るかもしれません。
編集後記
作品の存在は知っていていて、作者の違う作品も読んだことはあったのですが、なかなか手を出せずにした作品。本当に名作ですね。あまり褒めると批評性がなくなるし、かえって読者に引かれるかもですが。これを読まずに死ねるか、というレベルの名作です。後世に残したいマンガ特集もやってみようかな。