戦争を知らないけれど、やめた方がいいと断言できる/敗走記

マンガ

敗走記(水木しげる)

昭和19年、南太平洋ニューブリテン島中部、部隊は壊滅的な打撃を受けたものの、ひとり生き延び、仲間の鈴木と合流することに成功する。そして断崖を通り抜け、道なき道を進み、敗走を続けた。敵に追われ、飢えや渇き、暑さに苦しみながら九死に一生を得た著者が綴る、生と死の物語。

講談社文庫カバーより
熊野堂
熊野堂

戦記物は格好良さをアピールしがちですが、リアルな世界はきっとこっち。命からがら逃げ切った作者ならではの作品です。戦争を美化しないため、被害者意識ばかり訴えないために。戦後生まれ(大半がそうですが)の必読です。

お薦め度 

ポイント

・戦争を知っていますか?

・戦争は格好悪い

被害者にも加害者にもなる

・戦争はなくなるか

戦争を知っていますか?

 日本で戦争を知っている人は少ない。第二次大戦の経験者もかなり高齢化しているし、以後は直接的には参戦していないからです。経験していても、部分的で「戦争を知っている」とはなかなか言えないはず。それなのに、戦争についてさも知っているように語る人がいます。令和の時代に「祖国のために死ぬのは道徳的」と発言した首長までいるくらい。じゃあ、あなた実践してますか?という話で、絶対していないですよね。死を賛美するのはいつの時代も生きている人です。

戦争は格好悪い

 戦争を格好良く描いた小説やドラマはたくさんあります。派手な戦術で敵を破る、絶体絶命の危機から大逆転、、、。たとえ敗れても、美しく散る。そんなフィクションがあふれています。同じフィクションでもこの戦記物は違います。敗走記のタイトル通り、敗走する姿が克明に描かれます。南方の島で原住民の目を逃れるため、海に潜ったり、夜中にジャングルを駆けたり。敵を倒すためではなく、とにかく逃げるために満身創痍。やっとの思いでたどり着いた部隊では「敵が上陸してきたら真っ先に突っ込め」。つまり、死んで来いと命令される。水木しげるさんの実体験は全然格好良くなくて、だからこそ、とことんリアルです。

被害者にも加害者にもなる

 日本で語れる戦争は、被害者目線です。南方で多くの一般人が兵士として死に、遺骨も日本にない。文字通り「帰らぬ人」になっている。しかも、戦死というより、病死、餓死が多かった。この辺は「敗走記」の描写からも想像できます。さらに、空襲で多くの一般人が亡くなっています。世界で唯一、原爆も落とされています。被害者なのは間違いありません。

 でも、南方へも中国へも、攻め込んだのは誰でしょうか?戦争にゴーサインを出したのは誰でしょうか?日本人は加害者でもあるのです。作品中の「レーモン河畔」では、若い原住民の女性を兵士の娼婦にするか、それはかわいそうだから将官だけの娼婦にするか。みたいなことが真剣に議論されます。結果的には誰の娼婦にもさせないと平和的に落ち着くのですが、このエピソードが奇跡的だったのでしょう。

 戦争に正しいも間違いも、格好いいも悪いもない。誰もが被害者にも加害者にもなるのです。

戦争はなくなるか

 戦争はなくなるか。設定が悪いかもしれません。戦争はなくせるか。人類史上、恒久の平和はいまだ訪れたことがありません。現在も世界では戦争が起こっているし、日本は直接参戦しなくても、決して無関係と言える立場ではありません。

 それでも、わずかな期間でも平和な時代はあり、その間は豊かな時間が流れます。それをどう維持していくか。個々が主張するだけでは戦争は加速するばかりです。境界をつくらず、対話する。身近な社会でも難しいことを国際レベルでしないといけない。それでも、やれるかやれないかではなく、やらなければいけない。そう思いませんか?

編集後記

 水木しげる、と言えば「ゲゲゲの鬼太郎」。妖怪マンガの第一人者というイメージでしたが、朝ドラ「ゲゲゲの女房」で取り上げられた時、初めて戦争との関りを知りました。夏には妖怪マンガもいいですが、異色の戦記物もぜひ。

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