「庶民に寄り添う」は上から目線か/PERFECT DAYS

映画

PERFECT DAYS(日本・ドイツ、2023年)

東京・渋谷でトイレ清掃員として働く平山(役所広司)は、静かに淡々とした日々を生きていた。
同じ時間に目覚め、同じように支度をし、同じように働いた。その毎日は同じことの繰り返しに見えるかもしれないが、同じ日は1日としてなく、男は毎日を新しい日として生きていた。その生き方は美しくすらあった。男は木々を愛していた。木々がつくる木漏れ日に目を細めた。そんな男の日々に思いがけない出来事がおきる。それが男の過去を小さく揺らした。

映画公式サイトより

カンヌ国際映画祭で話題になった日本・ドイツ合同作品。ドキドキハラハラのエンタメ作品ではありません。ドキュメンタリーのような、それにしても事件があまりに起きない。でも、観ていられる。刺激を期待しないで観ると、いろいろな発見があるかもしれません。

お薦め度 

ポイント

・同じ日はない

・上から目線

・小津VS黒澤

・役所広司という役者

同じ日はない

 先日、小学校で新聞記者の仕事について授業しました。1日の仕事の流れを説明したのですが、学校と違って、何時に行って、時間割をこなして、何時に終わるというものではありません。「今日紹介したのは一例で、1日も同じ日はありません」と話しましたが、どんな仕事だって同じ日は1日もないはず。

 映画では冒頭、主人公が起きて、缶コーヒーを買って、仕事に行って、一杯飲み屋で飯を食べて、銭湯に行って。といった毎日の繰り返しを描いてます。トイレ清掃という仕事柄、仕事自体もルーティン化されています。でも、木漏れ日の写真を撮るシーンがあって、同じ場所で撮っても毎回写真は違う。繰り返しだけの日々なんてないということを表現している、のだと思います。ストーリー的な刺激はないですが。

 ただ、同じ日がない新聞記者も人によっては繰り返しの日々を送っています。例えば担当エリアが2年目のある記者は「1年目は新鮮だけど、(行事なんかも)2年目になると知っているからな」とつぶやいていました。「いやいや、1年や2年で知った気になるなよ」と言いたい。1年目を体験したからこそ、2年目、3年目はもっといい記事が書けるし、もっと工夫の余地が生まれる。そう考えながら仕事している人との差は開くばかりでしょう。

上から目線

 トイレの清掃員という、おおよそ映画の主人公になりそうにない人物にスポットを当てているこの映画。主人公の人の良さは随所に伝わりますが、決して大げさに持ち上げるわけでもない。社会の格差なんかも見えてくるけれど、それが逆転するわけでもない。庶民、それも結構苦労している庶民に寄り添った視点といえるかもしれません。

 でも、どうも上から目線の気もします。例えば、映画に出てくるような庶民が観て「私たちのことを描いてくれて、勇気が出る」みたいな感想を言うとはどうも思えないのです。ちょっと上から「庶民の美しさ、尊さを分かっている私って素敵」。そんな目線で見る人が多いのではと感じてしまいます。

 そういう僕も、自身はとても中流と呼べない環境で育ってきたのに上から目線で見ているなあという自覚があります。

小津VS黒澤

 小津安二郎と黒澤明、作品自体は見たことがなくても、日本を代表する映画監督の名前だけは知っている人が多いはず。どちらも、世界の映画監督に多大な影響を与えたとされます。でもこの2人、作風は全然違います。黒澤監督に影響を受けたという作品は、エンターテイメント性が高いものが多いです(例外はありますが)。「七人の侍」「隠し砦の三悪人」とかの影響でしょうか。「スターウォーズ」なんかもそうですよね。

 一方で、小津監督の作品は何気ない日常を描いたものが多い。特に大きな事件も起きません。小津ファンを公言するヴィム・ヴェンダーズ監督のパーフェクト・デイズも、基本的に大きな事件は起きません。昭和と令和、時代は違うし、監督の国籍も違うけれど、両者とも東京の一こまを描いています。でも、小津からは上から目線を感じないんですけどね。

役所広司という役者

 この大きな事件が起きない映画を支えているのは、主人公を演じる役所広司です。シリアスな作品もコメディも。コミカルなCMも。この人は存在感を放ちつつ、それぞれの役になりきれる。ずっと第一線にい続けながら、柔軟に変化をしている。「繰り返しの日々なんかない」を体現している俳優かもしれません。

 実は役所広司以外にも日本の有名どころが登場しています。柄本時生、三浦友和、田中泯、石川さゆり…。田中泯なんかは、えっ、この人をこんな役で使っていいのと思うような配役(でも重要)、石川さゆりもカラオケで歌を歌ってしまう。地味な映画だけど、日本を代表する俳優を惜しみなく、ぜいたくに使っています。 

 

編集後記

 万人にお薦めの映画ではありません。僕もカンヌで話題になっていなかったら、観ていないかもしれません。エンタメ性は低いけれど、不思議と2時間退屈ということはありません。時間に余裕がある時に鑑賞してみてはどうでしょう。配信で見るより、映画館の方が集中して見れると思います。ちょっと掲載が遅くなったので、映画がまだ上映しているか分かりませんが。

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