生きる living(2022年、英国)
1953年。第二次世界大戦後、いまだ復興途上のロンドン。公務員のウィリアムズ(ビル・ナイ)は、今日も同じ列車の同じ車両で通勤する。ピン・ストライプの背広に身を包み、山高帽を目深に被ったいわゆる“お堅い”英国紳士だ。役所の市民課に勤める彼は、部下に煙たがられながら事務処理に追われる毎日。家では孤独を感じ、自分の人生を空虚で無意味なものだと感じていた。そんなある日、彼は医者から癌であることを宣告され、余命半年であることを知る――。
公式サイトより
彼は歯車でしかなかった日々に別れを告げ、自分の人生を見つめ直し始める。手遅れになる前に充実した人生を手に入れようと。仕事を放棄し、海辺のリゾートで酒を飲みバカ騒ぎをしてみるが、なんだかしっくりこない。病魔は彼の身体を蝕んでいく…。ロンドンに戻った彼は、かつて彼の下で働いていたマーガレット(エイミー・ルー・ウッド)に再会する。今の彼女は社会で自分の力を試そうとバイタリティに溢れていた。そんな彼女に惹かれ、ささやかな時間を過ごすうちに、彼はまるで啓示を受けたかのように新しい一歩を踏み出すことを決意。その一歩は、やがて無関心だったまわりの人々をも変えることになる――。
黒澤明作品のリメイク。元ネタを知らなくても問題ありません。娯楽作品ではないですが、深いテーマを分かりやすく描いていて、幅広い世代が楽しめます(痛快、爽快といった作品ではありません)。特にある程度社会経験を積んだ人が自身を振り返るのにいいかも。僕は観たことがありませんが、パンフレットを読む限り、元ネタを知っているとさらに楽しめそうです。
お薦め度
余命半年
余命半年を宣告されたら、自分ならどうするか。性格や生活環境により、反応はさまざまだろう。僕ならどうするか。年齢的には十分生きているし、「この若さで」と悲観することはない。将来が心配な小さな子供もいない。家族には申し訳ないという気持ちはあるが、映画の主人公のように話せないということはないと思う。ゴールが明確になれば、もう余力を残す必要はない。今以上に楽しむことを重視するだろう。
豪遊するタイプではないし、そんな財産もないが、行ったことのないところは国内外問わず行ってみたい。でも仕事は続けるだろう(会社勤務を続けるかは分からないが)。それどころか、余命半年の記録を記事にして残すだろう。映画の主人公は最後に子どもの遊び場を作る。小さな公園のようにすぐに忘れられるかもしれないが、誰にでも訪れる死についての記事は誰かの役に立つかもしれない。自分にしかできないことでもある。
生きるとは
どう生きるかは、時代を超えて描かれ続けるテーマである。どう生きるかを考えず、淡々と日々の仕事をこなすドラマのない職場の描写は役所が舞台だが、民間企業だって、家庭の中だって同じという人は少なくないだろう。
主人公の職場の部下が、主人公にこっそり付けていたニックネームは「ゾンビ」。死んでいるけれど、動き回れる。あるテレビ番組のインタビューで、長寿の秘訣を問われた老人が「ただ死んでいないだけ」と回答したのを思いまだす。ユーモアで答えたのかもしれないが、生きているというより、死んでいないだけ。現代社会は「ゾンビ」がうようよしている。僕の会社も例外ではない。余命を知って主人公は変わり、周囲も変えていくが、ラストでやっぱり職場は変わらない。この辺の描写がリアルだ。そこにも映画のメッセージがある。自分が一所懸命に努力をしたとしても、周りがそれを称賛したり、認めることをモチベーションにしてはいけない。何かと承認欲求の強い人が多い時代だが、自分を通して生きるために大切な要素ではないだろうか。
僕自身は生きることにはまったく退屈していないし、単調でもない。ただ、やりたいことがやり切れているかというと力不足もあってそうではない。24時間の中で何を選ぶか。期限が切られた時、選択が研ぎ澄まされるのかもしれない。それでは遅いのだけど。
時代設定
作品は黒澤明の「生きる」のリメイク。舞台が日本から英国に置き換わっているのは知っていたが、時代設定はそのまま1952年だとは知らなかった。戦後まだそれほど時間が経過していないころだ。映像もどこか昔の映画風だ。
冒頭は汽車に乗って通勤する風景。当時の生活感、職場の序列などがさりげなく描かれる。そして、主人公が職場の人気者でないこともセリフがなくても伝わってくる。この辺の見せ方が巧みだ。出勤風景は国や時代が違っても共通することは多い。
ただ、せっかくリメイクなのだから、現代に置き換えてもよかった気はする。定年前のおじさんと今の若者。若者にも当然この手の悩みはあるはずで、でもアプローチの仕方はだいぶ違ってきている気がする。じゃあ、課題解決にベンチャー企業立ち上げましょうとか、クラウドファンディングで資金調達しましょうとか。そんな展開になっていってしまうかな。
ところで、主人公の年齢はいくつの設定なのだろうか。定年前にしても随分歳をとっているように見えるのだが。この当時は定年前の人はこのくらいの感じだったのだろうか。
編集後記
同僚がお薦めしていた映画を何とか終了直前に観ることができた。車で1時間半かかる映画館で、1日に1本だけしか上映していない。しかも午前9時20分開始と時間も早い。20分前に映画館に着いたが、チケット売り場はなぜか行列。「生きる」のための行列ではない。スーパーマリオの公開日だったからだろうか。時間を少し過ぎてしまったが、まだ映画広告を流している間だったので間に合った。映画をなかなか選べないのが地方の辛さ。見たい映画があれば1時間半かけて行くしかない。わざわざ行くのも楽しみの一つかもしれないが。