本と鍵の季節(米澤穂信)
堀川次郎、高校2年生で図書委員。不人気な図書室で同じ委員会の松倉詩門と当番を務めている。背が高く顔もいい松倉は目立つ存在で、本には縁がなさそうだったが、話してみると快活でよく笑い、ほどよく皮肉屋のいいやつだ。彼と付き合うようになってから、なぜかおかしなことに関わることが増えた。開かずの金庫、テスト問題の窃盗、亡くなった先輩が読んだ最後の本。青春図書室ミステリー。連作短編。
文庫本カバーより
地味だけど面白い。連作が進むほどに面白い。本好き、ミステリー好きは楽しめます。今までになかったタイプのミステリー。
お薦め度
多様なミステリー
暗号解読、一言の意図を読み解く推理、アリバイもの、先輩の数少ない証言から図書室にある無数の本の中ら目的の1冊を消去法的推理で割り出す、など1冊でさまざまな手法のミステリーが楽しめます。主人公は高校生なので、殺人事件や凶悪な犯罪に関わるわけではありません。ほんの身近なところから生まれるミステリーが散りばめられています。
「913」では図書委員の先輩から、祖父が遺した「開かずの金庫」を解錠してほしいと依頼を受けます。堀川と松倉の暗号解読のセンスが見込まれ、物語はスタートしますが、謎が多い。祖父の漠然としたメッセージに込められた真意と金庫の解錠は思わぬ真実にたどり着きます。「ない本」ではある情報を求めて図書室に足を踏み入れた3年生が2人に相談を持ち掛けてきます。依頼を受けるだけではありません。割引目当てで2人そろって出かけた美容院で偶然「事件」にでくわす「ロックオンロッカー」という作品も。
共通するのはエピソードに「本」または「鍵」、あるいはその両方が重要なモチーフとなって登場するところ。地味な話が多いですが、ミステリー好きには楽しい仕掛けがいっぱいです。
新しいコンビもの
お人よしの堀川と同世代の高校生より大人びている松倉。松倉がホームズで、堀川がワトソン的なスタイルを想像しますが、実際はちょっと異なります。堀川自身も自分が思っている以上に能力が高く、松倉と違う視点を提示できるのです。松倉は「性悪説」。自分に笑顔で近づいてくる人間はどいつも、こいつも嘘つきで、本音を見抜くにはこっちも策がいると考えます。一方、堀川は「性善説」。相手の言葉の枝葉に嘘はあっても、その根底にはなにか真っ当なものがあると信じている、そんな傾向があります。それぞれの違ったアプローチが重なって、どちらか一方だけではたどり着けなかった真実が明らかになる。ちょっと新しいコンビものとしても楽しめます。
伏線回収
楽しい仕掛けの一つが伏線回収。伏線回収は小説やドラマで、ネットを騒がせています。この作品もそれは徹底されています。1作の中はもちろん、連作として以前の作品の伏線が、後の作品で回収されていく。1冊読み終えた時、読み始めとはがらりと印象が変わってきます。
後半で明らかになる松倉の過去。松倉はなぜ大人びているのか、堀川の何を評価しているのか。それが説明的すぎず、ちょっとしたセリフや何気ない行動で表現されていくところもいい。2人の距離感と大人に近づいていた高校生のころを思い出させる青春要素。2人の関係がどんな方向に向かうのか。続編も出たらしいので、楽しみです。