幕が上がる(平田オリザ)
地方の高校演劇部を指導することになった新人教師が、部員たちに全国大会を意識させる。高い目標を得た部員たちは恋や勉強よりも演劇一筋の日々に。演劇の強豪校からの転入生に戸惑い、一つのセリフに葛藤する役者と演出家。彼女たちが到達した最終幕はどんな色模様になるのか。映画化もされた青春小説。
文庫本カバーより
良質の青春小説が読みたい方にお薦め。演劇の魅力がこれでもかと詰まっています。
お薦め度
一発勝負の世界
高校演劇部の大会は年に1回。秋の大会で負ければ即終了です。ずっと準備してきて、1時間だけお芝居して、おじいちゃん審査員の意味不明の講評を聞いて、結果発表。運動部の大会もトーナメント戦は一発勝負ではありますが、例えば野球部なら夏の甲子園と秋の大会、秋の大会で成績がよければ春の選抜大会があります。演劇部はさらに特殊で、秋の大会を勝ち上がったとしても、全国大会は翌年の夏。3年生は引退していて、出られません。だから、高校によっては予選時と全く違うメンバーで、おそらくだいぶアレンジされた演劇で全国を戦うことになります。
演劇の作り方
全国大会に出場する学校の傾向は、圧倒的に強い顧問による創作、進学校で頭のいい生徒が集団で作るタイプ、野球でいうエースで四番的な生徒による才能ある創作。主人公の学校は集団創作と個人創作の中間のような道を選びます。有名な話をモチーフにして、あとは全部、部員に合わせてあて書きする。主人公は演出家で、アイデアをまとめることに力を発揮します。モチーフに選んだのは銀河鉄道の夜でした。
作っていく過程が面白い。この時、このキャラクターはどう思うのか、何を話すのか。何度も変更を繰り返しながら、キャラクターもストーリーも固めていきます。合宿のメニューでは、番号のついたカードを配って、その番号に応じて役柄を演じるエチュードがありました。刑務所の設定では、番号が大きいほど罪が重くて、長く刑務所にいる。番号を見て自分の役割を考え、相手との距離を測り、ストーリーを組み立てます。
終盤で主人公が感じる現実。私たちは舞台の上ならどこまでも行ける。どこまでも行ける切符を持っている。私たちの頭の中は銀河と同じ大きさだ。…どこまでも行けるから、だから私たちは不安なんだ。その不安だけが現実だ。誰か、他人が作ったちっぽけな現実なんて、私たちの現実じゃない。私たちの創った、この舞台こそが、高校生の現実だ。
演劇はコミュニケーションの形成、職場づくりにも生かせそう。新聞記事を演劇にして発表する手法もあるとニュースで見たことがあります。違う自分になって考えるという経験は、かなり応用がききそうです。
リスクとリターン
社会のいろんな場面に登場するリスクとリターン。演劇の世界にもあるようです。物語中に「演技が保守的になっている」と指摘を受ける場面があります。失敗恐れて、少し間をとってしまうところがあったのです。チームスポーツと似ていて、演劇も相手役が受け取ってくれることを信じて、一番厳しいところにパスを出すことが必要。安全地帯でパスを回していたのでは、高い得点は望めない。でも、失敗すると相手のチームにボールを取られ、失点に結びつく。
スポーツも演劇も、仕事も同じですね。仕事でも失敗を恐れて、安全地帯いると何も得られない。新聞記者なんかはまさにそう。常に新しい出会いがないとニュースは得られないし、ニュース感覚も身につかない。去年やったことを繰り返す、なじみの人の間だけをぐるぐる回る。それで給料がもらえるなら楽と割り切れば、個人としては平穏かもしれないけれど、流行りの「静かな退職」ですね。