紀伊半島大水害を伝えたい方へ|紀伊半島大荒れ

効能・注意

・紀伊半島大水害の記憶

・避難のタイミング

・大地の視点

こんな内容

 2011年9月紀伊半島で大水害が起きた。大規模な斜面崩壊や大きな岩塊を伴う土石流が多発。「大地が壊れた」。地盤災害合同調査団の一員として現地調査に入った著者は瞬間的に気づいた。「でき方の違う大地は、壊れ方が違う」。紀伊半島の広い範囲で土砂災害が多発したことで、地域の大地の特性によって、地盤崩壊の仕組みが違っていることが見えてきた。自然災害が大きな災害になる仕組みを今こそ知る必要がある。和歌山大学災害科学・レジリエンス共創センター客員教授が詳しく解説する。

水害の記憶

 2011年9月に発生した紀伊半島大水害3月に発生した東日本大震災の衝撃が大きく、全国的にはどれほど知られているか分かりませんが、地元では決して忘れられない、忘れてはいけない災害として刻まれています。和歌山、奈良、三重の3県で、死者・行方不明者88人、全壊家屋369棟、半壊家屋2901棟…。氾濫する川、崩れる山。被災地は東日本大震災の被災地の姿に重なりました。

 「こんな被害は初めてだ」。被災者は口をそろえましたが、実は紀伊半島は歴史的に大きな豪雨災害に遭ってきました。2011年の前は1953(昭和28)年7月、さらにその前は1889(明治22)年8月。およそ60年から100年の間隔で繰り返してきたとされています。この記憶を次の被害を防ぐために生かさなければなりません。

避難のタイミング

 「あっという間に避難できなくなる」。被災者のコメントは共通しています。市町村から避難を促す情報が出されても、なかなか実際の行動につながっていないことが全国的な課題になっています。

 紀伊半島大水害のデータを分析すると、積算雨量が700ミリを超えるあたりから土砂災害が発生しています。さらに見ると、岩塊を伴う土石流は、時間雨量が70ミリを超えるような短時間の集中豪雨が主な誘因となっていることが分かります。一方、大規模崩壊が起こった地点で時間雨量が40ミリを超えたところはありません。こちらは長時間に継続した降雨が主な誘因と考えられるということです。

 土壌雨量指数という数値があります。土壌に含まれる水分量の変化を知るための指数です。紀伊半島大水害では土石流であっても、大規模崩壊であっても土壌雨量指数が370から480で発生しています。つまり、370を超えると土砂災害の危険が極めて高くなるということです。

 この指数を上手に生かしたのが土砂災害警戒情報で、「遅くても、土砂災害警戒情報で避難」を徹底するのがよさそうです。

大地の視点

 本文はもちろんですが、あとがきも興味深い内容です。田んぼを表す地図記号は、かつては「沼田」「水田」「田」の三つに分けられていたそうです。このうち、沼田は水が集まりやすいので注意が必要な場所でした。今日では記号は一つになっていますが、これでよいのか。大地のことをよく理解しないまま生活しているのではないかと疑問を示しています。

 明治の大水害では現在のような地形図はありませんでした。昭和の大水害では地形図はありましたが、地質については体系的に理解されていませんでした。平成の大水害でようやく地形図と地質図がそろったのです。これによって、大地の成り立ちという視点から、豪雨災害を考えることができるようになりました。これから先の研究の進展が楽しみです。

 紀伊半島大水害では僕自身も一夜を避難所で過ごし、翌日から被災地を取材。台風は何度も経験していましたが、あまりの被害の大きさに愕然としました。被害は広域で発生しているけれど、地区が違えば被害の大きさはまるで違います。遺体と向き合うような取材現場から戻ってきた会社周辺は変わらず日常が続いており、そのギャップには苦しみました。同じ時期に同じまちに住んでいても被害の記憶はまるで違う。だからこそ、この本が必要だと感じています。

 著者は僕も取材で何度もお世話になった先生で、編集協力は以前勤めていた会社の先輩です。

 

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