過去に目を背けてしまう方へ|朗読者

処方

朗読者(ベルンハント・シュリンク)

効能・注意

・戦争について考えさせられます。

・悲しさと優しさ両方味わえます。

・自問自答が増えそうです。

こんな話

 15歳の僕(ミヒャエル)は、母親といってもおかしくないほど年上の女性(ハンナ)と恋に落ちた。「何か朗読してよ、坊や」。ハンナはなぜかいつも本を朗読して聞かせて欲しいと求める。人知れず逢瀬を重ねる二人。だが、ハンナは突然失踪してしまう。彼女の隠していた秘密とは何か。二人の愛に、終わったはずの戦争が影を落としていた。世界的なベストセラーとなったドイツ文学。

歳の差ロマンス

 作品は3部構成。1部は15歳の少年と36歳の女性の歳の差ロマンス。朗読を求めるハンナは注意深い聴き手で、話の筋に集中している姿は可愛くもあります。でも、突然不可解な行動を取ることもあり、ミヒャエルを翻弄する。15歳なら夢中にもなり、翻弄もされますよね。同級生たちとも少し距離をとって、秘密の恋愛は続きますが、突然終わりが来ます。ここまでだとセンセーショナルな歳の差の性愛の話のようですが、2部、3部で話が大きく転換。戦争犯罪が大きなテーマとして表れ、ハンナの不可解な行動にはこんな意味があったのかということが分かってきます。少年は直接戦争を知らない世代、でも親の世代は知っている。そういう時代設定が生きてきます。

過去から目を背けずにいられるか

 ミヒャエルがハンナと再会したのは法廷。ナチス時代の強制収容所をめぐる裁判で、看守だったハンナは過去の戦争責任で裁かれる立場にありました。裁判を傍聴するミヒャエルは、ある事実に気づきます。ネタバレになりますが、ハンナは文盲でした。自分がしたことの意味すら把握できていないにもかかわらず、自分が戦争中に看守としてしてきたことを告白し、罪を背負うことになります。でも、ハンナ自身も被害者の側面があります。戦争当時のハンナに他に何ができたのか。裁判中に裁判長に問うシーンはとても印象的です。「あなただったら、何をしましたか?」。

 ナチス政権下でドイツ人は罪を犯しましたが、戦後に戦争犯罪人として裁判を受け、罪を背負ったのは一部の関係者でした。ナチス政権は当時の国民の支持によって合法的に誕生した政権ですが、多くの人がそこから目をそむけていました。重苦しい過去を「読むこと」を放棄する人と、必死に読み書きを習得しようとするハンナ

 これを読むと、じゃあ、日本の場合はどうなのかも気になってきます。「東京プリズン」(赤坂真理)を思い出しました。こちらは、日本人少女のマリが、留学先の米国の高校の進級をかけたディベートで、日本人を代表して「天皇の戦争責任」について弁明するという話。難解な話ではありますが、こちらもぜひ読んでみてください。

 今年は沖縄の本土復帰50年の年(5月15日)ですが、沖縄の基地問題も「読むこと」を放棄している人が多い気がします。

 ナチスのような政権が民主的に生まれるはずがないと思っている方は、銀河英雄伝説の記事でも触れています(GWに何を読めばいいか迷っている方へ④|銀河英雄伝説 | 本の処方箋 熊野堂 (kumanokokorono-hon.com))。こちらもぜひ。

悲しさと優しさと

 ハンナのために刑務所に朗読したカセットテープを送り続けるミヒャエル読み書きを習得し始め、本を通じて自分の罪を突きつけられるハンナ。3部では変わっていくハンナと変われないミヒャエルとの対比、悲しいエピソード、最後に少し優しいエピソードが展開されます。ハンナを通して人の尊厳を考えさせられる作品であり、本のすばらしさを描いた作品でもあります。

 小説は映画化されていて邦題は「愛を読むひと」。そのまま「朗読者」でよかったのに、1部に引っ張られすぎているような気もします。内容的にはなかなか良かったです。ラストなんかは、映画の方が希望がある感じです。まあ、それがダメだという声もありますが。

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