傍聞き(長岡弘樹)
こんな話
患者の搬送を避ける救急隊員の胸に迫る「迷走」。娘の不可解な行動に悩む女性刑事が、わが子の意図に心揺さぶられる「傍聞き」。女性の自宅を鎮火中に消防士のとった行為が意想外な「899」。元受刑者の揺れる気持ちが切ない「迷い箱」。予想のつかない展開と人間ドラマが融合した4編。ミステリー短編集。
傍聞き
傍(かたえ)聞きとは、直接伝えられたら本当かなと疑う話も、相手が誰かにしゃべっていて、自分がそのやり取りをそばで漏れ聞いていた場合は信じやすいという作用。これがトリックとして使われます。もし、会社で同僚から「あの仕事良かったね」と言われたらうれしいけど、お世辞ととるかもしれない。けれど、「彼のあの仕事良かったね」と他の同僚に話しているのを聞いたら、うれしさが増すかもしれない。少し違うかもしれないけれど、ランキングとかグルメサイトの投稿なんかも似た効果があるのかもしれません。
短編の面白さ
僕はジャンルを問わず長編、シリーズ物が好きな傾向があります。作品の中で歴史が重なっていって、多数の登場人物が入り乱れる。そんな話が大好物。なので、人にお薦めの本を紹介する時には少々困ります。いきなり、全10巻のこのシリーズ読んでみてとはなかなか言いにくいので。
もちろん、短編も好きです。ただ、ミステリーで短編というのはこの本が初めてだったかもしれません。一転、二転するドキドキ感と、人間ドラマや家族愛などが盛り込まれながら、一切の無駄がない。キレのよいコラムを読んだ時のような心地よさが味わえます。読み終わるのがもったいない。
もう少しこんな話
救急車が医療機関に受け入れを要請しても次々断られ、その間に患者が死んでしまう、たらい回しが社会問題になっています。「迷走」では救急隊員の判断で、あたかも「たらい回し」されているかのような救急車の迷走が続きます。救急車はなぜ、受け入れ先の病院にまっすぐ向かわないのかー。この設定だけでもドキドキしませんか。