まほろ駅前多田便利軒(三浦しをん)
痛快でやがて切ない便利屋ものがたり。直木賞受賞作! ペットの世話・塾の送り迎え代行・納屋の整理・恋人のふり——そんな仕事のはずだった。(文芸春秋ホームページより)

だるい感じで始まって、そこまで劇的なことが起こるストーリーでもないけれど、進むごとに世界に引き込まれていく。日常に違和感がある人が読めば、その正体に気づくヒントがあるかも。
お薦め度
バディはいますか?
バディものと言えば、刑事や探偵などミステリー系に多いですよね。この作品の主人公は便利屋ですが、いろいろな謎に直面するので、ある種ミステリーの要素があります。そして、バディの組み合わせは(ある程度)常識人と(いいか、悪いかは別として)超人。天才的観察力、推理力があるけれど奇人変人のシャーロックホームズと、医師で常識人のワトソンなんかはその代表例です。どっちも超人の場合もありますが、どっちも常識人の組み合わせはきっとない。この作品は多田が一応常識人の役割で、行天は超人ではないけれど奇人ですね。
僕がバディを組む場合は、僕の方が常識人の役割です。おかしな友人を時に制御し、時に自由に行動できるよう環境を整える。僕自身には超人的な能力は何一つないけれど、ちょっと変わった人と一緒に行動できるのが特技といえば特技なのでしょうか。単に世話好きなだけかもしれません。
愛情とは何か
作品中に共通するテーマは愛情だと感じます。こんなセリフが出てきます。「愛情とは与えるものではなく、愛したいと感じる気持ちを相手からもらうこと」。他にも「死んだら全部終わりだけれど、生きていてもやり直せることはほとんどない」「だけど、まだ誰かを愛するチャンスはある。与えられなかったものを、今度はちゃんと望んだ形で、おまえは誰かに与えることができるんだ。そのチャンスは残っている」「すべてが元通りとはいかなくても、修復することはできる」。ちょくちょく出てくる名言が、一見ドタバタ劇に見える作品の根底にあるものを伝えてくれます。
架空の町
小説にはよくあることですが、舞台は架空の町ですがモデルがあります。東京都の町田市です。もっとも、僕は町田に行ったことがないので、サッカーチームのある町くらいの印象しか持っていませんが、神奈川からヤンキーがやってきたり、東京なのに横浜のバス会社が走っていりと、地元「あるある」は楽しく読めました。
今(昔からか)聖地巡礼というのが流行ってます。作品の舞台を訪ねる旅です。アニメ映画「君の名は」、ドラマ「ホットスポット」などいずれも架空の町のモデルとなった場所が大変人気を呼んでいます。僕も映画「国宝」のロケ地を訪れてみたいと考えています。
ちなみに和歌山南部にも映画「溺れるナイフ」のロケ地があちこちにありますよ。
笑いとシリアス
何でもない日常と頼まれごとが事件に発展していくのが作品の特徴。笑いとシリアスのバランスが非常にいいです。実は人が消されたりと物騒なことも起きているのですが、重くなりすぎず、軽くなりすぎず。中でも若きチンピラ界の実力者、星君のキャラクターがいい。結構悪い人のはずだけれど、どこか憎めない。笑いとシリアス、非情と優しさが同居している感じがします。その他のキャラクターも味わい深い。国籍不明のコロンビア人とか、塾に送迎してもらっていたひねた小学生とか。主人公の2人もふざけているようで、その行動の奥には抱えている「闇」があり、話が進むごとに見えてきます。その奥行きがいい。映画版では主人公の二人を瑛太と松田龍平が演じているそうですが、イメージにぴったりです。
編集後記
タイトルは知っていたけど、読んだことがなかった作品の一つ。たまたま無印良品の古本で売っていたので購入しました。サクサク読めて、考えさせられる。さすが直木賞受賞作品。三浦しをんは作品によってだいぶテイストが違うけれど、どこか共通する部分があって、どの作品も面白いです。映画版も観てみたい。