宙(そら)わたる教室(2024年、日本)
東京・新宿にある定時制高校。そこにはさまざまな事情を抱えた生徒たちが通っていた。負のスパイラルから抜け出せない不良の柳田岳人(小林虎之介)。授業についていくことを諦めかけた、フィリピン人の母と日本人の父を持つ越川アンジェラ(ガウ)。起立性調節障害を抱え、保健室登校を続ける名取佳純(伊東蒼)。青年時代、高校に通えず働くしかなかった長嶺省造(イッセー尾形)。年齢もバックグラウンドもバラバラな彼らの元に、謎めいた理科教師の藤竹(窪田正孝)が赴任してくる。藤竹の導きにより、彼らは教室に「火星のクレーター」を再現する実験で学会発表を目指すが、自身が抱える障害、家庭内の問題、断ち切れない人間関係など様々な困難が立ちはだかり・・・。(NHK公式ホームページより)
地味だけどグッと引き付けられる良作。学校が好きな人も、でもどちらかと言えば嫌いな人に観てもらいたいかな。こんな学校だったら今からでも行ってみたいと思うかも。良作のドラマが多いとされる今期を代表する作品。
お薦め度
学校は好きですか?
学校が好きな人はそれだけで、結構幸せな人だと思います。僕は全然好きではなかった。楽しい思い出もなくはないですが、どちらかと言えば嫌いな場所。学校って社会の中でも特殊な場所ですよね。同じ地域に住む同学年が同じスペースに集められ、均一性の高い教育を受ける。学びのペースも興味もそれぞれ違うけれど、「みんな一緒」「みんな仲間」のカテゴリーに入らないと問題児扱いされてしまう。
一方で、もし行きたくなる学校があるなら行ってみたいと思える場所でもあります。作中、「通信教育もあるのに、なんで定時制に行ってるの?」みたいなセリフががあって「なんでだろうな」って明確に答えは出さないけれど、人の本能として行きたくなると思えることがある。そんなところがあるんでしょうね。
だから好きな学校に出会えた人はとても幸せだと思います。僕ももう一度学び直したいなという気持ちはあります。
一人一人の物語
ストーリーを通しての主人公は謎めいた理科教師の藤竹ですが、各話ごとに生徒の物語が掘り下げられ、そこには社会問題とのつながりがあります。第一話の主人公で生徒の中心人物として活躍する柳田は、読み書きが苦手で不登校になった過去がありました。学習意欲もあり、勉強は決して苦手ではない。なのになぜか。「やる気がない」とバカにされ続け、自分を責めてきた柳田ですが、藤竹は読み書きに困難がある学習障害「ディスレクシア」と見抜きます。柳田はタブレットの音声読み上げ機能で、障害に対応して学習に取り組むようになります。そこで、世界が変わっていきます。
発達障害、学習障害があろうが、ICTの活用や周囲の理解で学習を続けることも一緒に働くこともできる。でも、そうなることはまだまだ少ないですよね。均一性に慣れ、「みんな」に縛られるから。たぶん、あなたの学校や職場に「みんなと一緒」ができない人がいたら、排除してしまう人が多いのではないでしょうか。
定時制の学校は生徒の背景がさまざまです。一人一人の物語を掘り下げながらストーリーが進んでいく中で、固定観念から解放されていくような感覚が味わえるはずです。
多様性とは何か
定時制の学校は世代もさまざまです。既婚者もいれば、親より年上の生徒もいる。そのことで、時に対立も起こりますが、学ぶという目的が共通(この学びの目的も細かくはそれぞれ違いますが)で集まっているのだからそれでいい。例えば進学を目的に同一性の高い生徒ばかり集めた高校は、確かに進学実績は上がるかもしれませんが、それだけでいいのかなと疑問です。
僕の通っていた高校は当時学区制があったこともあり、地域の中学校を卒業したら、勉強ができる子もできない子ももみんなこの高校に進学しました。旧帝大に進学するような秀才もいれば、小学校中学年程度の学力の高校生も同じ学校で学び、生活している。当時はヤンキーも多かった。この学校から進学するのは不利でしょうか?僕はそうは思いません。ごった煮の中で学んだことは非常にプラスになったと思っています。何かと細かいグループをつくって、差別し合いがちな現代社会。多様性とか難しい言葉なんかなくてもいいです。いろいろ違った人たちが世の中にいて、一緒に世の中をつくっているんだ。それを感じるだけで十分です。
これからの学校
テクノロジーの進展により、これからの進学事情は変わるのではないでしょうか。もしかしたら、とっくに変わっているかもしれません。かつての記憶力コンテスト的なテストはあまり意味がなくなります。そこはテクノロジーが担えばいい。じゃあ、何が必要とされるのか。テクノロジーにとって代わられることのない、その人、一人一人の物語だと感じています。自分だけの物語をどう生きてきて、この先どこに向かいたいか。ちょっと抽象的ですが、決められた線路、道順にいかにうまく乗るか、合わせるかではなくなっていくと思います。
そんな時にこの物語に出てくる学校や、(僕は好きではなかったけれど)僕の母校のようにごった煮の学校が真価を発揮してほしいし、それを容認する社会であってほしい。ドラマを見ながらそんなこと感じていました。原作はどうも実話をヒントにつくられているとか。僕の考えていることより、現実はずっと進んでいるのですね。
編集後記
まだ完結していない作品ですが、今からでもぜひ見てもらいたいと紹介しました。NHKのドラマは良質な作品が多いです。ドラマの原作小説があるそうなので、そちらも読んでみたいなと思っています。こういう作品が面白いと思えるのは、僕もまた学校に行ってみたいと思っているからなのかな。