花の慶次(原作・隆慶一郎、作画・原哲夫)
安土桃山時代、戦乱の世を駆け抜けた前田慶次を中心とした戦国の英雄たちの群像劇。天下人の豊臣秀吉や徳川家康はもちろん、真田幸村、伊達政宗から服部半蔵、風魔小太郎など多彩な人物が魅力的に描かれる。
どうする家康で戦国時代に興味を持ったというライト層からマイナーな武将まで知っているコア層まで、戦国好きが楽しめる。あくまで娯楽としてどうぞ。
お薦め度
主人公強すぎ問題
最近のマンガではあまり見られないタイプだが、主人公の前田慶次が強すぎる、完璧すぎる、圧倒的すぎる。それが魅力なのだろうが、僕としては完璧超人のような主人公はどうも受け入れがたい。作品の深みが薄れる気がする。武に優れ、文化人でもあり、傾奇者として世に抗う。巨漢で男前。あなた、全部手に入れすぎ。モデルとなった実在の前田慶次郎がどんな人物だったか知らないが、世の中は完全にこのマンガの人物を「本物」と思ってしまっている。まあ、歴史小説や時代劇あるあるだが。持ち上げられすぎている孔明や水戸黄門もあの世でびっくりしているだろう。
どうする家康との比較論
舞台は大河ドラマ「どうする家康」の時代からまだ少し後、信長の死後、秀吉が天下人の時代。秀吉は俗物っぽく描かれるところもあるが、随所に大物感が漂う。ドラマの秀吉とはずいぶんキャラが違う。聚楽第で秀吉と慶次が対峙するシーンは、作品きっての名場面。秀吉に平伏しながらも、そっぽを向いて決して頭を下げない慶次。意地を貫き通し、秀吉も傾奇者として公認する。
そして、家康。ドラマの松本潤に対し、マンガは勝新太郎がモデル。歳を取ってからという違いもあるが、キャラは全然違いどっしり構えている。現段階でドラマとマンガで共通する唯一のシーンは、信長最大のピンチの一つとなった浅井長政の裏切り。浅井、朝倉の挟み撃ちに遭い、命からがら逃げる場面で死ぬ確率が最も高い殿を引き受けたのが秀吉と家康だった。天下人には程遠かったころ。マンガではピンチの秀吉を家康が救う。回想シーンだが、家康の魅力を伝える重要な場面となっている。
実は慶次は、以前大河ドラマに出演している。僕は観ていないが「利家とまつ」に出ていたそうだ。演じたのは及川光博、ずいぶん印象と違うなあ。前田利家の親戚なので、登場するのは不思議ではない。さすがに「どうする家康」に登場することはないだろうが、さまざまな遊びがあるドラマだけに出てくれば面白いのにと少し思っている。
渋いオールスター
一番好きなシーンは小田原攻めのラスト。山間の露天風呂で慶次、直江兼続、奥村助右衛門、真田幸村、伊達政宗、後藤又兵衛のそうそうたる顔ぶれが酒を酌み交わしながら「天下」の談義をする。直江は上杉家、奥村は前田家の重臣。幸村、又兵衛は大阪夏、冬の陣で最後まで豊臣方に味方する武将だ。これだけ集まれば10年で天下が取れると盛り上がる。そこに突如現れたのが秀吉。慶次に「百万石で家来になれ」と持ち掛ける。慶次は「そんなことより一献くれまいか?」と秀吉に切り返し、即座にその誘いを断ってしまう。慶次の人物像を鮮やかに描いた名場面である。
作中ではほかにも、織田信長が回想シーンにのみ出てくるが、すごく美化されている。石田三成は嫌な奴だが、才能はあり、秀吉に仕える中で苦悩も描かれる。千利休も魅力的な大物として登場する。この辺も大河でどう描かれるだろうか。比べてみると面白い。
編集後記
戦国時代に興味を持ったという同僚の子どもにプレゼントしようと、実家から引っ張り出し、久々にパラパラと読んでみた。もう30年以上前の作品である。少年ジャンプで連載していた作品だが、どうも小学生向けではないような。でも、ドラマと違う角度から興味を深めてもらえればうれしい。