親はつらいよと思っている方へ|レぺゼン母

処方

レぺゼン母(宇野碧)

効能・注意

・そばにある、母のリアル

・ラップとギャップ

・戦いの先にある理解

こんな話

 和歌山県の山間の町に住む梅農家の深見明子。穏やかに暮らす明子の唯一の気がかりは女手一つで育てた息子・雄大。二度の離婚に借金まみれ、あげくに妻を置いて家を飛び出すダメ息子にいったい、私の何がいけなかったのか。そんな時、偶然にも雄大がラップバトルの大会に出場をすることを知った明子。「きっとこれが、人生最後のチャンスだ」。明子はマイクを握り、親子のラップバトルに挑む。小説現代長編新人賞受賞作。作家は和歌山県在住。

そばにある、母のリアル

 親子の対立は神話の時代からあるテーマですが、「親との戦い」ではなく、「子との戦い」なのが興味深い。これが怖いほどリアルなんです。身内で起こったがことがそのまま書かれているような感覚に陥りました。うちにもいろいろなトラブルを巻き起こす身内がいます。「何事もなく大人しくしてくれている、そう思っていた時ほどとんでもないことをやらかしている」。突然警察から電話がかかってくるシーンがありますが、うちもいつ来るかとドキドキ。明子の実感に全力で共感します。それでも、親であることはやめられない。たとえ息子が高校を卒業しても、30歳を過ぎておっさんになっても。

 タイトルにあるレぺゼンは何かの代表、地域やグループを背負っているという意味。母を代表する明子の戦いが面白いのはもちろん物語の力ではありますが、自分が歳をとったことも影響しているんでしょうね。大人が楽しめる作品です。

ラップとギャップ

 明子は梅の農園を経営しています。梅農家の仕事風景がリアルに描かれている分、そこに飛び込んでくるラップとのギャップが引き立ちます。ラップのことは全然知らなくても大丈夫。初心者の明子の視点を通じ、どんなルーツでどんなルールがあるのか解説してもらえるので、すんなり入り込めます。こんなにいろいろ考えて、しかも相手の言葉に反応して言葉を選んでいるのか。作中のラップバトルに触れると、自分でもできるんじゃないかと興味が湧いてきます。

 田舎と都会の対比もあります。物語は明子が都会のライブハウスを訪れるシーンから始まりますが、客の多くは20歳そこそこ。和歌山の田舎町は超高齢化していて、こんな数の若者を目にする機会はない。こんなに若者が余ってるなら、一人か二人くらいうちに来て手伝ってくれたら助かるのに。恐らく多くの田舎の人が明子と同じ感想を持つでしょう。

 亡くなった祖母のエピソードを思い出しました。祖母の世代は一生の大部分を地元だけで過ごすのが普通でした。一度だけ、神戸にいる娘に会いに祖母が出ていったことがありました。甲子園見物に連れてもらったそうですが、あまりの人の多さに衝撃を受けた祖母。「こんなに人がおるのに、誰も知っている人に会わないなんて」。いやいや、ここで偶然知っている人に会ったらそっちの方がびっくりするけど、祖母の感覚になるほどと思います。

戦いの先にある理解

 ラップって相手をディスりあうイメージで、実際そういうシーンは多いようです。でも、本質は違うのではないかと作中の人物を通じて語れます。「対戦するって、相手のことを想像して相手の立場になりきることなんだと思う。本当の勝負って、相手を理解することなんじゃないかな」。対立すると相手を論破したくなったり、発言の全てを受け入れられなくなったりしがちです。ラップも、仕事上の対話も、分かり合えないところから、少しずつ理解できる部分を探し、共有していく作業なのかもしれません。

 困った息子として描かれる雄大もさまざまな思いを抱えています。明子が見ていた息子と違う側面。ラップバトルを通じ、親子は分かり合える部分を見つけられるのか。「親はつらいよ」と思っている方必読ですよ

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