ノリ・メ・タンゲレ(道原かつみ)
こんな話
第三次世界大戦を経て、一度滅びかけた人類は大脳工学を発展させて新たな技術を手に入れると共に意識改革を成し遂げる。西暦を銀河暦と改め、新たなる文明を築いていた。航時機(タイムマシン)を実用化し、意識のみを肉体から分離し、似た遺伝子を持つ過去の人物へシンクロすることで時間遡行することも可能となった。時間遡行は“歴史調査局”の手によって管理されていた。しかし、歴史の流動性を標榜する学者が、歴史を改変するために過去へと遡行する。そのシンクロ相手とは5千年前のイエス・キリスト。調査官ヴェアダルはキリストの行動を監視し歴史改変を阻むためにキリストの使徒の1人シモン・ペトロへシンクロする。SFマンガ。
タイムマシンの新解釈
時間旅行、タイムマシンものには名作が多いですが、そもそも違う時代に肉体が移動するとさまざまな問題が生じます。いるはずのない人間がいて、時代にどんな作用をしてしまうか分からない。その問題をある程度解決しているのがこの作品のシステム。意識のみが時間を超え、自分に似た遺伝子を持つ過去の人間の脳を使って、その時代を見物できます。遺伝子のレベルが限りなく近いとその人物を動かすこともできますが、基本は眺めるだけ。これなら、もし今未来人が時間旅行してきていても気づかないですよね。
イエス・キリストの死の謎
ノリ・メ・タンゲレとはラテン語で「私に触れるな」。キリストの死を嘆くマグダラのマリアは、復活したキリストに喜びのあまり手を伸ばしますが、キリストがこの言葉で押しとどめます。ヨハネの福音書にある有名な場面のようです。この場面が独自の解釈で描かれます。それ以外にもキリストにまつわるさまざまな謎が解き明かされていきます。
歴史を改変させようとする学者はキリストが処刑された3日後に復活し、聖書では昇天するところ(ノリ・メ・タンゲレの場面)を、地上にとどまりユダヤの王となって神の国を作ろうと企てます。調査官ヴェアダルは「過ぎ去った時の中に不動のものがあればこそ、明日への望みを託す。生きられる。過去が自由に変えられるなら、誰も今さえも生きようとはしない」と改変を真っ向から否定します。
ちなみに大脳工学を発展させた未来人に宗教はありません。神とは何か、なぜ人は祈るのか。未来人の目から考えるところも興味深いです。普段、漫画を読まない人にもお薦め。
中国でも新感覚の作品
ノリ・メ・タンゲレは1990年の作品ですが、最近中国のアニメで実験的な作品が現れました。時光代理人です。依頼人から預かった写真の中に“ダイブ”し撮影者の精神に乗り移り任務を遂行するという物語で、過去の人間を通じて、過去世界を見ることができるという設定が共通しています。「過去を問うな。未来を聞くな」という決まり事があり、過去は改変できないという設定まで似ています。こちらは現代の中国が舞台で、さまざまな社会問題をサスペンス風に描いていて、なかなか面白い。アニメは日本の独壇場かと思っていましたが、競争は激化しそうです。